読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2018-01-01から1年間の記事一覧

キム・チュイ「小川」

ベトナム戦争が遺した負の遺産。戦争は、理不尽な運命をもたらす。抗えないその大きな力によって生が絶たれることもあるし、不自由ない暮らしから追いたてられ、流浪することになることもある。 著者であるキム・チュイ女史はベトナム戦争の最中ボートピープ…

皆川博子「クロコダイル路地Ⅰ、Ⅱ」

すべては冒頭の一行『竪琴の全音階を奏でるような、秋であった。』に集約される。長大で、まるで異世界のような馴染みのない場所と時間を切り取りながら、そこに展開する物語は精緻を極め、かろやかに自由に羽ばたく。 しかし、ぼくはそこに旨味を感じない。…

舞城王太郎「私はあなたの瞳の林檎」

人を好きになると、せつなくなる。なぜだろう?それは、自分一人では解決できない問題だからか?好きという気持ちはポジティヴなものだ。その人のことを思って、その人の笑顔を見たいと思って、その人の幸せを願って、ただひたすらに無償に願いを空に届ける…

谷甲州「星を創る者たち」

宇宙に進出した人類は、各惑星でプロジェクトを敢行するにいたる。およそ土木工事というものは、計画通りにすんなりいくことは皆無であり、そこには大なり小なりなんらかの障害が存在する。障害を克服するにあたっては、経験や経済的損失や各人の思惑などを…

カレン・M・マクマナス「誰かが嘘をついている」

居残りで理科の実験室にいた5人の生徒。その中の一人が突然苦しみだし病院に搬送されたが死亡する。死んだサイモンという生徒は自身で校内のスキャンダラスなゴシップを暴く情報アプリを運営していて、その場にいた他の4人の生徒もそれぞれサイモンに秘密を…

平山夢明「恐怖の構造」

平山氏の小説は大好物で、その低俗でスタイリッシュな独特の世界観にいつも驚かされているのだが、そんな彼が真面目に恐怖の仕組みについて論じているのが本書なのである。といっても、決して小難しい考察などではなく、いってみれば近所のちょっと物知りな…

ピョン・ヘヨン「アオイガーデン」

沼地に近づくと瘴気にやられる。それがわかっていても近づいてしまう。やさしくない人なのになぜか話を聞いてしまい、結局その場を立ち去ることができないでいる。うるさくてかなわないのに、耳を塞ぐことを忘れてしまう。血が流れているのに、それに見とれ…

スティーヴン・キング「任務の終わり(上下)」

「ミスター・メルセデス」、「ファインダーズ・キーパーズ」に続く『ホッジズ三部作』の最終巻であります。前回「ファインダーズ・キーパーズ」のラストで、あら、まさか、そっちに話がシフトしちゃうんですか!って驚きのまま終わってしまったのが、つい昨…

エドウィージ・ダンティカ「デュー・ブレーカー」

ハイチの歴史には詳しくない。何があったかは、良く知らない。そんなぼくでも、本書を読めば自ずとハイチが辿ってきた暗い歴史を知ることになる。 タイトルになっている「デュー・ブレーカー」とは拷問執行人のことだ。独裁者デュヴァリエのもとトントン・マ…

ドン・ウィンズロウ「ダ・フォース(上下)」

「犬の力」や「カルテル」のウィンズロウを期待すると肩透かしもいいところだ。ニューヨークを舞台にした悪徳警官物というカテゴリで認識して読み始めたら、え?ウィンズロウどうしたの?といままで快調に飛ばしてきたハイブリットな車がギアも満足にはいら…

井上章一「パンツが見える。  羞恥心の現代史」

ご多分にもれず。 そうです、ぼくもパンチラは好きなのです。これは幾つになっても、変わらない感情なのです。ただの布っきれなのに、どうしてそれが見えたときうれしいのか?これは、ぼくも以前から不思議に思っていた事でした。 著者の井上章一氏は、この…

田中兆子「甘いお菓子は食べません」

もちろんぼくは男だから、この短編集に描かれる6編に登場する不惑を過ぎた女性たちの心情は心底から理解できていないのかもしれない。でも、確かに共感できる部分はあった。 ここで描かれるのは、中年にさしかかった女性たちのパーソナルな問題だ。めぐまれ…

阿部智里「玉依姫」

シリーズ5作目にして、はじめて現代世界が物語に絡んでくる。というか、この作品がすべての作品の原点なのだそうで、女子高生だった著者がはじめて描いたファンタジー小説が本書だったということなのだ。 だから、物語の導入は異界へと紛れ込む女子高生とい…

皆川博子の辺境薔薇館: Fragments of Hiroko Minagawa

ぼくが一番最初に読んだ皆川博子作品は「猫舌男爵」だった。玄人筋や、本職の方からは絶大な支持を受けているにも関わらず、まだ一般には知名度の低かった頃、いまから丁度十年前のことだ。 この短編集は、なんだか呑気なタイトルに騙されてあまり手応えのな…

マルク・パストル「悪女」

冷たさに驚いた。国が違うから?日本とスペインの温度差?文化の違い?なんとも形容しがたい感覚だ。 物語は実話を元にしたものだそうで、概要だけみればいったいどれだけ凄いサイコキラーなんだと思ってしまうが、本書を読んだところその方面のサプライズは…

C・J・ボックス「神の獲物」

今回は驚いた。だって、キャトルミューティレーションですよ?あ、キャトルミューティレーションご存じ?主に牛なんだけど、屋外で飼われている家畜の全身の血液が抜き取られていたり、身体の一部がきれいに切り取られたりして死んでいる現象を指します。ど…

アンジー・トーマス「ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ」

いまさらどうこうすることはできないのだろうが、アメリカで起こる差別や偏見がまねく尽きることない数多くの悲劇の根本にあるのは、銃だと思うのだ。もし、誰もが銃をもっている社会でなければいままで無意味に死んでいった数多くの人たちの命は救えていた…

あずまきよひこ「よつばと!」

いまごろハマってやんの。遅いっての。でも、ぼくはよつばと出会ってホントうれしく思ってます。この5歳の小さい女の子をめぐる数々のエピソードは、やさしさと驚きと出会いと発見に溢れ、すっかりおじさんになってしまったぼくの心をこれ以上ないほど癒し…

C・J・ボックス「凍れる森」

アメリカならではの魅力に満ちたシリーズなのだ。苛酷な自然、荒ぶる気象、誰もが持っている銃そして猟区管理官ジョー・ピケット。このシリーズの魅力は、日本では成立しない基盤の上に成り立っている。 しかし、そこで描かれるドラマは、そんな程遠い異国の…

C・J・ボックス「沈黙の森」

遅れてきた読者でございます。だって、もうシリーズ9巻刊行されてるんだもの。でも、ぼくは用意周到だから、この一巻目を読んでいる間に他の巻全て集めました。そんな早まったことして、一気に買って、面白くなかったらどうすんの?と心配してくれた奇特な…

イザベル・アジェンデ「日本人の恋びと」

サンフランシスコの高齢者養護施設で働くことになったイリーナ・バジーリィは、そこでアルマ・ベラスコという一風変わった大金持ちの入居者と出会う。イリーナ自身モルドバ出身の身寄りのない身なのだが、このポーランド生まれのアルマと彼女は強い絆で結ば…

陳浩基「13・67」

短編集なのだが、かなり読み応えがあった。舞台は香港。行ったこともないし、その歴史にも疎い。言ってみれば、全く馴染みもないし、グローバルな文化の成り立ちが内包する混沌とした秩序のなさにも途惑うばかりだ。 にも関わらず、この最初から反発しか感じ…

伊東潤「戦国鬼譚 惨」

武田家の滅亡を描く短編集。五編収録。ここらへんは、まったく疎くて、その過程はよく知らなかった。ま、信玄が病に斃れ、最終的には信長に滅亡に追いやられたってぐらいね。それぐらいの素地しかなくても、ここに収録されている各編はおもしろかった。奇を…

王谷晶「完璧じゃない、あたしたち」

これ、いいっすよ。おすすめっすよ。まったくノーマークの作者だけど、なんか本屋で見かけたときビビット感があったんだよね。で、とにかく買って読んでみたってわけ。 本書にはニ十三の短編(掌編?うち一編は戯曲)が収録されている。さまざまなシチュエー…

綿矢りさ「憤死」

四編収録。巻頭の「おとな」はとても短い作品。ここで語られる奇妙な出来事は、おそらく綿矢りさの実体験なのでは?それにしても、最後の『ねえ、おぼえていますよ。ほかのどんなことは忘れても、おぼえていますよ。』という部分で慄いた。奇妙な出来事の淫…

皆川博子「絵小説」

皆川女史が好きな詩の一節を宇野亞喜良氏に送り、それを元に絵を描いてもらい、その絵と詩からインスパイアされた話を皆川さんが書くという過程を経て本書の連作は成り立っている。収録作は以下のとおり。 「赤い蝋燭と・・・・・・」(『幻冬抄』木水彌三郎…

月村了衛「コルトM1851残月」

廻船問屋の番頭でありながら、コルトM1851を懐に、江戸の裏金融を陰で操る男、残月の郎次。彼は番頭という姿と札差 祝屋の仕事人の二つの姿をもち、誰からも一目置かれる存在だった。 本書の幕開けは、その残月の郎次が祝屋に敵対する親分と取巻きをコ…

ウラジーミル・ナボコフ「ナボコフ・コレクション マーシェンカ/キング、クイーン、ジャック」

いまね、ナボコフが熱いんですよ。なんかね、ブームなんですよ。光文社古典新訳文庫で「カメラ・オブ・スクーラ」、「絶望」、「偉業」とどんどん新訳が出て、河出の池澤夏樹=個人編集 世界文学全集から「賜物」が沼野充義氏の新訳で刊行、早川書房からは「…

頭木弘樹 編「絶望図書館」

アンソロジーにはテーマがある。編者のこだわりによって一冊にまとめられる。たいていそれはジャンルに特定されていてミステリ、SF、ホラーといった具合に編者がそのジャンルの中でこれは!と思い入れのある作品を編んでゆくのである。そのジャンルの中で…

ダニエル・デフォー「ペストの記憶」

一六六五年の暮れのことである。ロンドンで二人の男がペストで亡くなった。その後、一年にわたって十万人の命を奪った大ペスト禍のはじまりである。本書は、その一部始終をあの『ロビンソン・クルーソー』の作者であるダニエル・デフォーが記録したものなの…