読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

皆川博子の辺境薔薇館: Fragments of Hiroko Minagawa

イメージ 1

 ぼくが一番最初に読んだ皆川博子作品は「猫舌男爵」だった。玄人筋や、本職の方からは絶大な支持を受けているにも関わらず、まだ一般には知名度の低かった頃、いまから丁度十年前のことだ。
 この短編集は、なんだか呑気なタイトルに騙されてあまり手応えのないお話ばかりなのかな?なんておっとり刀で読み出したら、凄まじい作品ばかりでそのギャップに驚いた。ボードレールランボーらの近代フランスの詩句が散りばめられたあまりにも静謐なSF「水葬楽」にはじまり、大好きな山田風太郎の作品が登場するとんでもない異色作の「猫舌男爵」、プラハを舞台にしたあまりにも残酷な「オムレツ少年の儀式」、書状や日記や新聞記事などを羅列して構成された作品で、時系列を逆にたどっていくことによって物語をよりドラマティックに語ることに成功している「睡蓮」、スターリングラード攻防戦で、ドイツ軍に協力するコサック人青年が主人公の「太陽馬」と、まあきらめくばかりの物語の布陣に、いままでそんな濃密な個人短編集を読んだことのなかったぼくは、いっぺんで虜になったというわけ。この本、ぼくが読んだ当時ですでに単行本が刊行されて四年が経過していたので、どうしてこれだけの傑作が文庫化されていないんだと頭を傾げたものだった。

 それからは、もう皆川熱にとりつかれたように彼女の作品を一気に読んだ。「伯林蠟人形館」、「ジャムの真昼」、「聖女の島」、「蝶」、「あの紫は わらべ唄幻想」、「絵草紙妖綺譚 朱鱗の家」、「結ぶ」、「鳥少年」、「倒立する塔の殺人」、「雪女郎」、「聖餐城」、「愛と髑髏と」およそ半年の間に12冊も読んでしまった。もう夢中だった。どうしていままで、この素晴らしい作家を知らずにきたのか!自分の不明を恥じた。

 本書はそんな皆川博子という稀代の天才作家を愛する人々が彼女を讃えた本であり、彼女の業績を網羅した資料的な価値もある本なのである。だから、いまだ皆川博子を知らない人や、最近彼女のことを知りましたなんていう新しい読者にとっては、この本はまだまだ敷居が高いかもしれない。よっぽど彼女のことが好きでないと、これだけのラブレターを読むのはちょっとしんどいだろう。ぼくが激しく肯定したのは日下三蔵の『現代日本風太郎に匹敵する作品を書いているのは、皆川博子ただ一人だけだと、掛け値なしにそう思う』という言葉。皆川博子山田風太郎。この二人の小説の神様がいたからこそ、本を読む喜びに包まれることができる。まさしく唯一無二な二人。でも作品世界の広大さからしたら皆川博子の方が格段に上で、よくまあこれだけいろんなジャンルを書き分け、尚且つそれぞれにおいてよくまあこれだけ様々な時代、場所そして詩句を手中にしたなと舌を巻いてしまうのだ。

 ちなみに、本書の中で『私の愛する皆川作品3」というパートがあって、各人がマイフェイヴァリット皆川作品を三作選んでいるのだが、ぼくも一応やってみようと思います。


 「猫舌男爵」

 「愛と髑髏と」

 「蝶」

 短編集に特定して選んでみた。どれも傑作。何度も言っているが、ぼくは皆川作品の真髄は短編にあると確信しているのであります。