人を好きになると、せつなくなる。なぜだろう?それは、自分一人では解決できない問題だからか?好きという気持ちはポジティヴなものだ。その人のことを思って、その人の笑顔を見たいと思って、その人の幸せを願って、ただひたすらに無償に願いを空に届ける。その人が傷つくところは見たくない。その人が悲しむところは想像したくない。その人の涙は必要ない。そこまで思いつめると、そこにせつなさが生まれる。自分ではどうにもできない無力感。その人を幸せにしようと思う強い気持ちはありあまるほどあるのに、相手が受け入れてくれるかどうかわからないところにせつなさが生まれる。
それは甘美な地獄だ。人を想う気持ちには目に見えない力がある。それは奇跡を起こす。想う気持ちが世界に影響するのだ。そうやって、二人は繋がる。それはもちろんハッピーエンドだ。その幸せはパワーを生みだす。
ハッピーエンドまでには道程があり、そこには駆け引きが生まれる。お互い自分の気持ちを素直に出せない分、嘘や虚勢や理不尽な怒りが道を迷わす。百の言葉の中に十の真実。その割合で推しはかる。だって、真実を知るのは怖いもの。きみはいつも笑顔でぼくに接してくれるけど、本当はぼくのことどう思っているの?お互い仲良くしてるけど、どれだけぼくに心を開いてくれてるの?ぼくはいつも両手を広げて待っているんだよ?
そういった、甘酸っぱい気持ちと共に人を愛する力や、正直に生きることの強さや、恋の持つ脅威なんかがビンビン伝わってくるのが、この舞城くんの最新短編集なのだ。
本書には三つの短編が収録されている。タイトルは以下のとおり。
●「私はあなたの瞳の林檎」
○「ほにゃららサラダ」
●「僕が乗るべき遠くの列車」
それぞれ、素敵な恋の話であり、いつものようにゾワゾワと触発されながら真実の物語にどっぷり浸かった。なりふりかまわない鋭敏な感性で、炸裂した想いをグル―ヴ感あふれる文章で走り抜けてゆく。踏み出せない焦り、思い通りにならない困惑、憶測をこえる反応。恋の壁はとても薄くて向こうが透けて見えているのに、見上げるほどに高くて決して破ることができない。そんななるようにならないもどかしい気持ちがよみがえる素敵な短編集だ。
今月の26日には「されど私の可愛い檸檬」が刊行されるらしい。こちらは家族の物語ばかり収められているそうな。う~ん、楽しみ!