読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

日本文学

姫野カオルコ「彼女は頭が悪いから」

東大生五人が一人の女子大生に対する強制猥褻行為で逮捕されたというニュースを知ったとき、まず思ったのは『もったいないな』だった。そう、ぼくは東大まで行って何してんだと、人生棒にふったなと、そう思ったのである。このとき、被害にあった女性のこと…

君嶋彼方「君の顔では泣けない」

なんの予備知識もなく本書を読めば、だれもが『お?これって不倫の話?』と思う書き出しではじまる本書は、男女入れ替わりのお話なのである。 その昔、このジャンルで大いに感銘を受けた作品があって、それは「オレの愛するアタシ」という本で筒井広志の作品…

彩瀬まる「あのひとは蜘蛛を潰せない」

家族であることの幸せは、お互いを愛す喜びでもあると思う。しかし、それは時に世代の流れにのまれて息ができなくなる窮屈さをともなうこともある。良かれと思って、守ろうとして、可愛いがゆえに、愛するがゆえに逆にその対象を傷つけてしまう矛盾が生まれ…

高山羽根子「オブジェクタム/如何様」

このなんともとらえどころのない展開に翻弄される。すべて幻想譚だ。途中で様相が一変する。何を見せられているんだ?とまごついてしまう。 特に驚いたのが「太陽の側の島」。戦時中の話なんだなと思って読んでいると、目玉飛び出します。どこかの南国の島に…

平山夢明「俺が公園でペリカンにした話」

これまで刊行された平山夢明の本の中で一番分厚い。しかも連作ときた。いままでにないパターンだ。全部で20話。なげーよ。サイテーだよ。何読ませんだよ。特別だよ。いたしかたないんだよ。雨も降ってんだよ。なのに読んじゃうんだよ。でも、続けて読めねー…

西村賢太「瓦礫の死角」

久しぶりに西村作品を読んだ。ここに収められているのは 「瓦礫の死角」 「病院裏に埋める」 「四冊目の『根津権現裏』」 「崩折れるにはまだ早い」 の四編。最初の二編は若かりし頃の貫太の怠惰で醜悪な日常が描かれる。といっても、これが西村作品の持ち味…

舞城王太郎「短篇七芒星」

今回というか先の「短篇五芒星」もそうだったのだが、読了した印象は少し物足りないものだった。さらに今回は七つの短編が収録されているので五芒星の時より小粒ちゃんな印象なのだ。まずは収録作をば。 「奏雨」 「狙撃」 「落下」 「雷撃」 「代替」 「春…

藤谷治「燃えよ、あんず」

「恋するたなだ君」と「誰にも見えない」を読んで、なんと自由度の高い作家さんなんだと感心し、また楽しく読んだのだが、しばらくご無沙汰でした。本屋さんの新刊コーナーでたまたま手にとってみたら、なんとも予想のつかない本でもあり、部厚さもそこそこ…

遠野遥「改良」

自らの容姿をそのまま受け入れるのが自己の肯定なのか?では、化粧した女性は?自分をよりよく見せようとする努力は十年前は主に女性の関心だった。現在では、男性も脱毛サロンに通うし、男性用化粧品も数多く売られている。そうやって世の移り変わりは生き…

佐藤正午「月の満ち欠け」

まず言っておきたいのが、この本の体裁。これ、一見岩波文庫の一冊のように見えるけど、さにあらず。実際、手にとって見てもらったらわかるのだけど、岩波文庫的となっている。左下のおなじみのミレーの種まく人のマークも色使いが月の満ち欠けになっている…

倉数茂「名もなき王国」

物語が物語を生み、物語が分岐し、物語が物語を包んでゆく。ぼくは、こういう繚乱とした世界が好きだ。ここにはいくつもの世界がある。それぞれが少しづつ絡みあい関連性を持ち、しかし明確な関係性はあきらかにされず、まるで物語の森に分け入るように本の…

平山夢明「八月のくず」

ほんと久しぶりの短編集。主に井上雅彦監修のアンソロジー『異形コレクション』に収録されたもの。収録作は以下のとおり。 ・「八月のくず」 ・「 いつか聴こえなくなる唄」 ・「 幻画の女」 ・「 餌江。は怪談」 ・「 祈り」 ・「 箸魔」 ・「 ふじみのちょ…

遠野遥「教育」

中学生の頃のぼくなら、本書のような学校、まるで夢のような!と喜んでいたかもしれない。しかし、不惑もとうに過ぎ、還暦に一歩づつ近づいているこの歳になってみれば、あまり手放しで喜べない。 なんせ、本書に登場する謎の学校は『一日に三回以上のオーガ…

舞城王太郎「畏れ入谷の彼女の柘榴」

まっとうだ。至極まっとうだ。突飛で(身に覚えのない子を授かる妻、言葉を話す猿、人の形をしてやってくる心残り)あまりにもブッ飛んだ設定の中で描かれるのは至極真っ当で、普段何気なくあまり気にもとめずに、思考の惰性で処理している事柄や、物事の本質…

松田青子「女が死ぬ」

この人「スタッキング可能」が話題になったとき、読みかけて合わないなと思ってやめたんだよね。でもね、やっぱり女性作家でこういうちょっと変わった感性の作家さんて気になってしまうのだ。掌編集だから読みやすそうだしね。 読んでみて感じたのは、女性と…

綿矢りさ「私をくいとめて」

まるでキャッチーなタイトルとは裏腹に、ここにはいつもの綿矢節というか、瑞々しい警句に満ちた鋭敏な文章が皆無で間延びした印象だった。内容も、あまり目立たない33歳OL黒田みつ子の山なし谷なしの日常を描いているのだけど、もともとの設定でみつ子の頭…

津村記久子記「婚礼、葬礼、その他」

二編収録されている。表題作は、まさにタイトルそのものの話。主人公のヨシノは、旅行の申し込みをしてきたその日に友人から結婚式に招待されるのだが、二次会の幹事とスピーチを引き受けて欲しいという手紙を受け取る。しかも、式の日は、旅行の日程の最終…

松浦理英子「親指Pの修業時代(上下)」

女子大生の右足の親指がPになっちゃうのである。まあ、なんて大胆な設定!Pって何?なんて野暮な質問しちゃいけませんよ。Pってのは、もちろんペニスのことです。なんで、そんなとこがPになっちゃうのかはよくわからないのだが、とにかく彼女は刺激すれ…

綿矢りさ「意識のリボン」

この短編集はいままでの彼女の作品とは少し趣が違う。ここに収められている八編の短編は小説の体ではあるが、全部が全部物語としての小説ではない。タイトルにもなっている『意識』を全面に押し出した小説といえばいいか。 特に「岩盤浴にて」「こたつのUF…

窪美澄「アニバーサリー」

アニバーサリー(新潮文庫) 作者:窪 美澄 発売日: 2016/01/22 メディア: Kindle版 ほんと久しぶりにこの人の本を読んだ。これが三冊目だ。デビュー作と「青天の迷いクジラ」は、どちらも素晴らしい作品で、とても感銘を受けたので、本書も強烈なインパクト…

紗倉まな「春、死なん」

春、死なん 作者:紗倉 まな 発売日: 2020/02/27 メディア: 単行本 堅実で確かな文章で綴られる物語は、しかし的確ではない印象を与えられる。たとえれば、しっかりした土台の上にバランスの悪いオブジェが置かれているような感じ。根本のところでは安心感も…

平山夢明「あむんぜん」

「あむんぜん」て!なんのこっちゃ、まったく!この感性が素晴らしいよね。独立独歩、唯一無二っつーの?誰も真似できないっちゅーの。 で、とりあえず収録作なのね。 「GangBang The Chimpanzee」 「あむんぜん」 「千々石ミゲルと殺…

木下古栗「グローバライズ」

グローバライズ: GLOBARISE (河出文庫) 作者:木下 古栗 出版社/メーカー: 河出書房新社 発売日: 2019/03/06 メディア: 文庫 抵抗力に自信がないわけではないし、好き嫌いはあまりないほうだと自負している。本書を読む前はなんてことないんだろうと思って、…

舞城王太郎「されど私の可愛い檸檬」

二ヶ月連続作品集刊行の第二弾(ちなみに第一弾は「私はあなたの瞳の林檎」ね)であります。 本書には三作収録されている。 「トロフィーワイフ」 「ドナドナ不要論」 「されど私の可愛い林檎」 前回が恋愛編で今回が家族編なのだそうだが、ま、ゆるい括りだ…

岸川真「暴力」

三編収録。本のタイトルの通り理不尽で唐突で理解しがたい暴力が描かれる。 しかし、ここで描かれるそれぞれの話は、過剰さを含んだ非情な行為だけが描かれるのではなく、多かれ少なかれ信条を貫く根本にある思想が幅をきかせている。 その感覚は、まるでプ…

皆川博子「クロコダイル路地Ⅰ、Ⅱ」

すべては冒頭の一行『竪琴の全音階を奏でるような、秋であった。』に集約される。長大で、まるで異世界のような馴染みのない場所と時間を切り取りながら、そこに展開する物語は精緻を極め、かろやかに自由に羽ばたく。 しかし、ぼくはそこに旨味を感じない。…

舞城王太郎「私はあなたの瞳の林檎」

人を好きになると、せつなくなる。なぜだろう?それは、自分一人では解決できない問題だからか?好きという気持ちはポジティヴなものだ。その人のことを思って、その人の笑顔を見たいと思って、その人の幸せを願って、ただひたすらに無償に願いを空に届ける…

田中兆子「甘いお菓子は食べません」

もちろんぼくは男だから、この短編集に描かれる6編に登場する不惑を過ぎた女性たちの心情は心底から理解できていないのかもしれない。でも、確かに共感できる部分はあった。 ここで描かれるのは、中年にさしかかった女性たちのパーソナルな問題だ。めぐまれ…

王谷晶「完璧じゃない、あたしたち」

これ、いいっすよ。おすすめっすよ。まったくノーマークの作者だけど、なんか本屋で見かけたときビビット感があったんだよね。で、とにかく買って読んでみたってわけ。 本書にはニ十三の短編(掌編?うち一編は戯曲)が収録されている。さまざまなシチュエー…

綿矢りさ「憤死」

四編収録。巻頭の「おとな」はとても短い作品。ここで語られる奇妙な出来事は、おそらく綿矢りさの実体験なのでは?それにしても、最後の『ねえ、おぼえていますよ。ほかのどんなことは忘れても、おぼえていますよ。』という部分で慄いた。奇妙な出来事の淫…