読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

海外文学(英米)

パトリック・マッケイブ「ブッチャー・ボーイ」

時は1960年代、ところはアイルランド。ここに一人の少年がいる。フランシー・ブレイディー、田舎のどこにでもいる負けん気の強い男の子だ。本書は、その彼が回想の形で語りだすところから始まる。 だから、本書の体裁は彼の口語体だ。そして、これが最初とま…

「キプリング短編集」

やはり手軽にその作家の作風や傾向を知るには、短編集が一番なのであります。 キプリングといえば、インドなんだけど、ディズニーの『ジャングル・ブック』は知っていても、なんだかわかったようなわからないような感じでしょ?でも、この短編集を読めばキプ…

サマセット・モーム「月と六ペンス」

月と六ペンス (新潮文庫) 作者:サマセット モーム 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2014/03/28 メディア: 文庫 モームを読むのは初めてなのです。で、いっとう最初に本書を選んでよかったなあと思うのであります。ぼくも本読みの端くれなので、一応有名どこ…

ジョナサン・フランゼン「ピュリティ」

ピュリティ 作者:ジョナサン フランゼン 出版社/メーカー: 早川書房 発売日: 2019/04/18 メディア: 単行本 アーヴィングとフランゼンの小説はいつも時間をかけて読む。自然とそうなっちゃう。少しずつ読んで、その豊穣な世界を自分の中に沈殿させようとする…

アフィニティ・コナー「パールとスターシャ」

離ればなれになる双子、パールとスターシャ。ユダヤ人であるがために、強制的に家族もろとも収容所に連れていかれ、悪魔ともいうべきメンゲレから、おぞましい人体実験を受けることになる。彼女たちは、双子ゆえメンゲレの注目を浴びる。薬品の点眼による瞳…

ダニエル・デフォー「ペストの記憶」

一六六五年の暮れのことである。ロンドンで二人の男がペストで亡くなった。その後、一年にわたって十万人の命を奪った大ペスト禍のはじまりである。本書は、その一部始終をあの『ロビンソン・クルーソー』の作者であるダニエル・デフォーが記録したものなの…

イギリス〈4〉集英社ギャラリー「世界の文学」〈5〉

ちょっと変則だけど、今回はこの中に収録されているフラン・オブライエンの「ドーキー古文書」を紹介したい。無論、他の作品も重要なのだがぼくはいまのところ本書の中では、これしか読んでないのだ。それともう一点、こんど国書刊行会から『ドーキー・アー…

ロバート・Rマキャモン「遥か南へ」

ぼくは基本的にマキャモンが大好きで、国内で彼の作品が翻訳されはじめた1990年当初、そのほとんどがキングの二番煎じだといわれて軽い嘲笑まじりの評価を受けたときも、確かに設定自体は真似だと言われてもしかたないが、「スタンド」より「スワン・ソ…

ウラジーミル・ナボコフ「ロリータ」

いわずとしれた『ロリータ』なのである。しかし本書を読んでない方は、ロリータという名称だけで、成人男子が少女を食いものにする異常性愛者の物語だと誤解しているのではないか?確かに、本書のメインテーマはそのとおりの異常な性愛だ。中年男が十二歳の…

ケヴィン・ウィルソン「地球の中心までトンネルを掘る」

タイトルをみてもわかるように本書も『普通』じゃない世界を描いている短編集なのだが、昨今のアメ リカ作家の短編にはこういう傾向の作品が多いし、ぼくもそういうのが嫌いじゃないし、ていうかむしろ 好きなほうなのだけれど、本書は奇妙でありえない世界…

ジェス・ウォルター「美しき廃墟」

なかなかの大作だ。はじめて読む作家であり、タイトルから汲みとれる真意もまったくわからないし、読みはじめた当初は、本当にこれ読み切れるのかなと不安にもなった。しかし――――しかしである。 これが、ああた、もうあれよあれよという間にページがすすんで…

トニ・モリスン「青い眼がほしい」

本書は、かなり革新的な小説だ。ページを開くとまず読者はアメリカの教本で有名な「ディックとジェーン」の一節を読むことになる。 『家があります。緑と白の家です。赤いドアがついています。とてもきれいな家です。』 これに続く文章はアメリカの幸せな白…

パトリック・デウィット「シスターズ・ブラザーズ」

ゴールドラッシュに沸く、無法者たちの天下だったウェスタンなアメリカ。まさになんでもありなこの狂乱の時代に名をとどろかせる殺し屋シスターズ兄弟。気に入らないことがあるとすぐに銃をブッ放す豪放で大酒のみの兄チャーリー、本書の語り手であり気はや…

エレナ―・アップデール「最後の1分」

とある田舎町で爆発事故が起こる。本書はその事故が起こる一分前の出来事を、一章一秒で描いていく異色作だ。舞台となるヒースウィック・ハイ・ストリートは昔ながらの建物が軒を連ねる静かな町。最近はそこにチェーン店のコーヒーショップが進出してきて、…

ジュンパ・ラヒリ「低地」

ラヒリの描く人物は、そこに居る。ページを開けば、彼らの息遣いや体温を感じる。字面を追うだけでそれだけの感覚を想起させるラヒリの筆遣いには毎回驚いてしまう。 スパシュ、ウダヤン、ガウリ、ベラ。本書を読み終えたいま、彼らはぼくの中では決して架空…

アンドリュー・カウフマン「銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件」

カナダのオンタリオ州にある北アメリカ銀行第117支店で起こった銀行強盗事件。だが、その強盗は金を要求せず店内にいた人すべてに今持っているものの中で一番思い入れのあるものを差し出せという。安物の腕時計、子どもの写真、読み古したカミュの「異邦…

ミュリエル・スパーク「バン、バン!はい死んだ」

以前読んだスパークの短編集「ポートベロー通り」は、まだ新鮮な驚きがあって、たとえばデビュー作の「熾天使とザンベジ河」は登場する本物の熾天使の描写の絶大なインパクトに完全ノックアウトされ、「詩人の家」では『葬式』を買った主人公がそれを列車の…

ヘンリー・ジェイムズ「アスパンの恋人」

ヘンリー・ジェイムズといえば、少し前までヘンリー・ミラーとジェイムズ・ジョイスと混同して誰が「デイジー・ミラー」の作者で誰が「北回帰線」の作者で誰が「ユリシーズ」の作者なのかしっちゃかめっちゃかに記憶していたくらいなのだが、最近になってよ…

メルヴィル「ビリーバッド」

こんなに短い物語なのに、これを読み通すには通常の倍以上の時間が必要だった。たとえ新訳でも、これほどに読みにくい文章があるのかと目を見開くおもいだった。メルヴィルとはなんと一筋縄ではいかない作家なのか。大仰な言い回し、肯定か否定かわからなく…

アガサ・クリスティー「春にして君を離れ」

急病になった娘を見舞うためにバグダードに小旅行に出たジョーン・スカダモアはその帰路、トルコ鉄道の終着駅であるテル・アブ・ハミドで足止めを食ってしまう。天候不順のため列車が到着しないのだ。しかたなく彼女はそこの宿泊所で列車が到着するまで逗留…

ジュリアン・バーンズ「終わりの感覚」

若くして自殺した友。過去の記憶として頭の片隅にしまわれていたその事実がある出来事がきっかけでまったくちがう様相を見せる。 本書は中編といってもいいような短さの作品なのだが、これほど集中力を使って真剣に行を追った本もめずらしいといえる。 主人…

ジョナサン・フランゼン「フリーダム」

善にあふれていたとしても、真面目で嘘が嫌いで悪を心底憎む人だったとしても、人は間違った道を選ぶことがある。常に正しい道を選ぶなんてことは到底不可能な話で、人は間違いを犯し、それを乗りこえながら日々を生きてゆくのである。人生のあらゆる場面で…

ジョン・アーヴィング「サイダーハウス・ルール(上下)」

本書の舞台はメイン州の片田舎セントクラウズにある孤児院。まだ第一次大戦が終結して間もない頃、一人のみなし子が生まれるところから物語は始まる。その子の名は、ホーマー・ウェルズ。彼は孤児院でみなの愛情のもと立派な青年に成長する。そして彼は院長…

ジョン・ファウルズ「魔術師 (上下)」

本書を読むまえに抱いていた期待は、見事に砕けちった。曰く『第一級のミステリー並みに面白く』曰く『稀有な小説であり』曰く『優れた小説とは何か、を考えるとき、この「魔術師」は自分にとって、不動の基準の一つでありつづけている』と翻訳家の高見浩氏…

ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズⅣ」

とうとう読了した。このⅣ巻は他の巻が本文400~500ページなのに対して、388ページと少なめだったのである。だからいつもよりはやく読み終わることができた。この巻には第三部の16、17、18章があてられており、それぞれのタイトルは以下のとおり。 16…

アンソニー・ドーア「メモリー・ウォール」

心の奥底から感情を揺さぶられるような読後感だった。茫然自失とまではいかないが、確かに心はどこかにもっていかれたかのような状態になった。以前デビュー短編集の「シェル・コレクター」を読んだときもその抜きんでた才能に驚いたのだが、本書を読んでド…

ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ Ⅲ」

よくやったと自分を褒めてやりたい。そう思ってしまうほどに本巻の最初の章には苦戦した。ま、そのことは追々語ることにして、とりあえず本巻に収録されている章は以下のとおり。 第二部(続) 14 太陽神の牛 15 キルケ そう、本巻に収録されている章は…

ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ Ⅱ」

ようやく第二巻読了なのである。これで丁度折り返し地点となる。あいかわらず凄まじい訳注の嵐で、あっちこっちとページを繰るのがとても忙しい。かといって訳注を見たところで、その半分も理解できなかったり、ダブリンの市街の説明だったりするからほとん…

ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ Ⅰ」

昔からぼくはギリシャ神話なんかに特別惹きつけられるものをもっていて、だからそれをモチーフにした文学作品にもほのかな憧れを感じていた。ジョン・バースの「キマイラ」やこのジョイスの「ユリシーズ」などはその中でもとびきり魅力を感じるタイトルであ…

マイケル・コックス「夜の真義を」

本書は体裁からして欺瞞に溢れている。19世紀のロンドンを舞台にした復讐譚。それが手記の形で発見され、ケンブリッジ大学の教授が一冊の本にまとめたのが本書というのである。本読みとしては、その体裁を見ただけで『ああ、これは信用できない語り手の話…