読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2023-01-01から1年間の記事一覧

杉井光「世界でいちばん透きとおった物語」

まあ、よくこんなこと考えたものだ。思いつくのもすごいけど、その労力を考えるとホント気が遠くなってしまう。 本書の凄さはその一点なのである。物語自体は、成立させるのに仕方のないことなのだろうけど齟齬が目立つ。登場人物の言動や、ミステリとしての…

手代木正太郎「王子降臨」

タイトルそのままに、王子が戦国の世に降臨するのである。王子?どこの? そんなこたぁ、どうでもいいのである。王子は王子だ、黄金色の髪、雪のように白い肌、紺碧の眼、そして金で縁取りされた青い装束に純白のマント。カボチャのように膨らんだ短いパンツ…

ブラム・ストーカー「ドラキュラ」

ドラキュラもフランケンシュタインも原作を読んだことはなかった。こういうのって、どうしても映画を代表する他メディアで最初の洗礼を受けてしまうから、なかなか原作にまで手が伸びないのだ。でも原点に接してみると当然のことながら、その世界観の違いに…

竹本健治「瀬越家殺人事件」

アートブックなのである。だから、一瞬で読めてしまうから、値段に見合う満足感があるかといえば、ない。しかし、これは前代未聞の新しい試みなのだ。いや、ぼく個人の勝手な思い込みであって、すでに先行作があるのかもしれないが、それはこの際無視しよう…

川上弘美編「感じて。息づかいを。」

恋愛アンソロジーというテーマだけど、なかなかバラエティに富んだ内容に驚くこと請け合い。ラインナップは以下のとおり。 「桜の森の満開の下」 坂口安吾 「武蔵丸」 車谷長吉 「花のお遍路」 野坂昭如 「とかげ」 よしもとばなな 「山桑」 伊藤比呂美 「少…

デイヴィッド・グラン「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン: オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生」

思っていたのとは、ちょっと違ったな。確かに凄惨で私利私欲にまみれた身勝手な犯罪だ。しかも、規模がすごい。地域まるごと牛耳って自分の身を安全圏において余裕しゃくしゃくで犯行しているのが信じられない。 しかし、しかしである。ここで語られるあまり…

朝宮運河編「宿で死ぬ ――旅泊ホラー傑作選」

こんなアンソロジーが出てたなんて、知らなかったー。ま、さほどインパクトの残る作品はないけれども、既読の作品もすっかり忘れていたので初読のような感覚で読んだ。ていうか、それくらいの作品だから印象に残らなかったんだろうけど。収録作は以下のとお…

ジョン・スラデック「チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク」

これだけ饒舌だと、なんかロボットとしての無機質さが感じられなくて戸惑う。だって、セクソロイドでもないのに、そういう機能がついていて、そういう事におよんだりするんだもの。読んでいる間ずっとぼくの頭の中で彼が一人の男として描かれていたのも無理…

ギリシャ・ミステリ傑作選 「無益な殺人未遂への想像上の反響」

「ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス」 でギリシャのSFというものに初めて触れ、驚いた。やはり主流的な吸引力や派手さ、または痛快さや感動とは程遠い印象で、でもそんなバルカン半島に位置する小さな、でも雄大な歴史を持つこの国でささやかに花咲いたSFの…

岸本佐知子、柴田元幸編訳「アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション」

お二人のサイン本なんだよねー。この二人のサインが並んで書かれることってそうそうないだろうから、貴重だよね。ま、それはさておき。本書にはこういった海外文学の目利きとして誰もが認めるお二人が選んだ未だ日本国内ではさほど知られていない作家のちょ…

カーソン・マッカラーズ「マッカラーズ短篇集」

ずっと気になっていた作家だ。なんか、境遇含めてフラナリー・オコナーと混同していたのだが、こうして両方の作品に触れてみると、やはりしっかり区別できるよね。 オコナーは、非情さと過剰な負の光彩に彩られているけど、マッカラーズは非情さの匂いを残し…

背筋「近畿地方のある場所について」

今年の蝉もほとんど死に絶えましたね。 それはさておき、本書は今月末に刊行されるそうなのだが、カクヨムで無料で読めたので、読んでみた。いま流行りのモキュメンタリーの手法で恐怖の輪廻を描いている。 評判になって、書籍化されるだけあって作りはしっ…

BRUTUS(ブルータス) 2023年 9月1日号 No.991 『怖いもの見たさ。』

普段、雑誌って買わないんだよねー。でも、これは買っちゃう。ほとんど丸々一冊ホラーガイドになってるっていうから、じっくり読んでみたいもんね。 で、期待に違わずなかなかおもしろかったわけ。ガイドとして紹介されているのは、映画、ドラマ、アニメ、小…

「十四人の識者が選ぶ 本当に面白いミステリ・ガイド」

本当にミステリというジャンルに疎い人、もしくはこれからこのジャンルに飛び込もうとしている人には大いに得るものがあるかも知れない。 ここで紹介されているのはもう古典となっている海外と国内の作品、これからを担う海外と国内の作品。その両方に挟まれ…

ホリー・ジャクソン「卒業生には向かない真実」

まさか、こんな展開になるなんて!いや、ほんと驚いた。この不穏な感じは前回の「優等生は探偵に向かない」でも垣間見えてたし、ピップがどんどん快活で明るい女の子から遠ざかってゆくのが苦しかったのだが、まさかねー。実際のところ大きな溜め息と共に肯…

スティーヴン・キング「異能機関(上下)」

子供たちを拉致して実験をくり返している秘密組織。くり返される虐待そのものの仕打ち。すべては見えない。でも、読ませる。描かれる子供たちの日常。しかしそれは日常ではない。何かが進行し、裏で、見えないところで何かが蠢いている。天才少年ルーク。物…

ホリー・ジャクソン「優等生は探偵に向かない」

続けて読みました。本書の冒頭で前回の「自由研究には向かない殺人」の犯人がバラされているので基本的には前作から読むことをお勧めします。でも、ウチの奥さんみたいに『ミステリでもなんでもラストを先に知りたい!』という人ならばノープロブレム。好き…

ホリー・ジャクソン「自由研究には向かない殺人」

過去に解決されている事件を自分の信念をもとに再調査するピップ。彼女は聡明で信念を曲げない女子高生。幼い頃に自分を守ってくれた優しいサルが容疑者のまま森で死体となって発見され、容疑者自殺として処理されたことが信じられないのだ。 彼女は、自由研…

C・J・ボックス「発火点」

もう十三作?この根気のない、集中力ゼロの飽き性のぼくがこれだけ続けて読んでいるのだから、このシリーズがどれだけおもしろいのか、わかろうってもんだ。大人の事情かなんか知らないけど、本書から講談社文庫ではなくて創元推理文庫から刊行されることに…

皆川博子「風配図 WIND ROSE」

週末、金沢に小旅行に行ってまして。その行き帰りのサンダバードの車内でほとんど読み切りました。だから、この海を舞台にしたまったく未知の世界の物語を、風情も何もあったものではありませんが、ぼくも旅情を感じながら読んでいたわけなのでございます。 …

姫野カオルコ「彼女は頭が悪いから」

東大生五人が一人の女子大生に対する強制猥褻行為で逮捕されたというニュースを知ったとき、まず思ったのは『もったいないな』だった。そう、ぼくは東大まで行って何してんだと、人生棒にふったなと、そう思ったのである。このとき、被害にあった女性のこと…

青柳碧人「怪談青柳屋敷」

実はぼくも怪談系は好きでして。こういう実話系の体験談はなかなかいいものには出会えませんが、機会があれば読んでみたいタチでして。 で、なんとなく手にとってみたわけ。この作者のことは昔話ミステリシリーズの作者くらいしか前知識なくて、でもそういう…

「デビュー50周年記念! スティーヴン・キングを50倍愉しむ本 」【Kindle】

きゃー!キングなのよー!こう見えてもワタクシ、ちょっとしたキング・フリークなんですのよ。といっても、彼の本をすべて読んでいるってワケでもないんだけど、こういうイベント的なのには目がなくて、飛びついてしまいました。それに、みなさん、これ無料…

ジェイムズ・ホワイト「生存の図式」

これかなり古い作品なのに、今ごろになって文庫化されたもんだから、興味ひかれて読んじゃった。でもこれが、月並みな表現で申し訳無いんだけど、ほんと古さを感じさせなくて読み応えバッチリなのだ。 300ページほどだから紙幅はほどほどなのに、どうよ、こ…

パウル・シェーアバルト「セルバンテス」

ドンキ・ホーテ・デ・ラ・マンチャについては、いつかは読んでみたいと思っているのだが、なかなか手が出ない。とりあえず、敬愛する皆川博子が言及していた本書を読んでみた。 といって、これは幻想小説に目がない皆川先生がパウル・シェーアバルトの紡ぐ奇…

クリスチアナ・ブランド「濃霧は危険 (奇想天外の本棚)」

ブランドだからといって飛びつくわけではないのだが、山口雅也氏の奇想天外の本棚の一冊だし、興味に抗えなかったというわけ。でも、やはりジュブナイル枠というだけあって、なんとなくいいくるめられた感のある御都合主義満載で、話の筋的にはありえない展…

ルシア・ベルリン「掃除婦のための手引書 ルシア・ベルリン作品集」

愛される理由はそれぞれだ。なにがきっかけになるかは千差万別、それこそ運命だ。また、幸せを感じるのは能力だ。それが幸せかどうかは、その人が感じるものであってその能力が高い人ほど幸せを感じとる機会が増える。気持ちの持ちようは、その人の性格を固…

「ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス」

攻めてるよね、竹書房。一皮剥けたっていうか、方向転換ていうか。決してメジャーにはならないんだろうけど、この新生 竹書房を歓迎している人もきっと多いはず。ギリシャSFなんて、日本語で読める日がくるなんて思ってましたか、みなさん! というわけで、…

ルイス・フロイス「回想の織田信長-フロイス「日本史」より」

資料としても一級品だろうし、なにより実際に織田信長に接した人物の生の声が聞けると思い読んでみた。確かに、この中には信長がいた。史実と変わらぬあの信長だった。唯一無二で決断がはやく、性急で激昂もよくするが、平素は穏やかで人情味と慈愛を示した…

君嶋彼方「君の顔では泣けない」

なんの予備知識もなく本書を読めば、だれもが『お?これって不倫の話?』と思う書き出しではじまる本書は、男女入れ替わりのお話なのである。 その昔、このジャンルで大いに感銘を受けた作品があって、それは「オレの愛するアタシ」という本で筒井広志の作品…