読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ケネス・モリス「ダフォディルの花」

 

ダフォディルの花:ケネス・モリス幻想小説集

ダフォディルの花:ケネス・モリス幻想小説集

 

 

 金色の光、峻険な山々、湧き出る泉、やさしく微笑む乙女の瞳、馥郁たる緑の芳香。時の重みを感じて流す涙。折りたたんだ心の襞は幾重にも重なりゆがんだ光輪をにじませてゆく。黄昏の神々は太く力強い咆哮で時を告げ、ニムロデの命じた人類の挑戦を打ち砕く。世界の果てには青白き炎が、奥深き海の底の底には蠢く影が、翼あるものが辿りつく空の果てには、この世を包み込む巨大な手の一部が見える。泣き叫ぶな。それは、ここへは来ない。おまえの小さな頭は守られた。三人の賢者の供物を受けとり祝福の杯をあげよ。

 さて、本書は膨大なデータを含有した物語の博覧会ともいうべき本で、一人の人間の想像力だけで成立したものではないと思し召せ。ここでは人類の叡智ともいうべき歴史の中での伝承、伝説、神話がくり返される。それは、未だ経験のない読書となる。まして、ぼくは日本人だからこんなに広範囲の説話伝承を自分のものにしていない。日本人だからというのも変か。ぼくは、だね。ぼくは不勉強だからこんなに精通していない。だから、衝撃もなかなかのものなのだ。

 と思いながら読んでいると、ふいに音楽の話なんかが出てくる。ほうー、そういうアプローチもなさるのね。なるほどなるほど、どれだけ懐の広いお方なんでしょう。と、作者に興味がわいてくる。ル・グウィンが名文家と認めたなんてことを聞いてもさほど心動かされないけど、自分で接してよくわかる。訳文という制約があっても素晴らしい文章だと感じるのだ。ここにあるのは、天外の詩情だ。だから描かれる場面は常に光輝いている印象なのだ。

 そこで冒頭の文章に戻るのである。あの部分は、ぼくが本書を読んで心に浮かんだ文章。わかるわからないはどうでもいい。あれがぼくの本書の感想なのであります。

中央公論新社「事件の予兆 文芸ミステリ短篇集」

 

事件の予兆-文芸ミステリ短篇集 (中公文庫 ち 8-8)

事件の予兆-文芸ミステリ短篇集 (中公文庫 ち 8-8)

  • 発売日: 2020/08/21
  • メディア: 文庫
 

 

 文芸ミステリということで、ミステリ畑の作家ではない方々のミステリ寄りの短編アンソロジー。収録作は以下のとおり。
 
  「驟雨」 井上靖 

  「春の夜の出来事」 大岡昇平

  「断崖」 小沼丹
  
  「博士の目」 山川方夫

  「生きていた死」 遠藤周作

  「剃刀」 野呂邦暢

  「彼岸窯」 吉田知子

  「上手な使い方」 野坂昭如 

  「冬の林」 大庭みな子

  「ドラム缶の死体」 田中小実昌

 野呂さんは知らないけど、それ以外は有名だからよくご存じで。それぞれ謎があって、それが解決されてという展開ばかりではなく、結末が曖昧なまま読者にゆだねられているものが多い。だが、それが納得いかないわけではなく、それはそれで受けいれられてしまうから、不思議だ。不思議といえば、書かれた時代が60年代から80年代と古いのに、読んだ感触はまったく古臭くないのだ。ただ思うことは、小説というかストーリーには必ず謎があって、それを探求する過程が描かれるということ、大なり小なりね。だから、文芸云々ではなく、小説そのものにはミステリとしての結構がそなわっているのだ、あらためていうまでもなくね。吉田知子は、やはりいい。何もわからないところから、背景が徐々に浮かび上がってくるところが素敵。最後まで読んで、氷解する構成が秀逸。もうひとつ言及しておきたいのが田中小実昌ね。これは、ゆるゆると進められる究明がふざけているようで核心をついているところが流石だ。

  というわけで、本書は読んで損のない良質のアンソロジーだ。すぐ読めちゃうので、ぜひお読みください。

コリーン・フーヴァー「秘めた情事が終わるとき」

 

 

 

 あまりこういうラブロマンス的な話は読まないのだが、なんかザワザワしてるのを知って手にとってみた。冒頭からいきなり頭が踏み潰されて驚く。殺人の場面かと思っていたら、違ったからさらに驚く。

 主人公は、ヒロインの偶像をまとった美しいのであろう女性。彼女は生活が困窮している売れない作家。でも、実力はある。少しばかり運がないようだ。そんな彼女のもとに最近事故にあって、脳機能障害で植物人間になってしまったベストセラー作家ヴェリティのシリーズ物の続きを書いてほしいというオファーが舞い込む。躊躇はあったが、結局引き受けることになって、ヴェリティの夫とまだ小さい息子のいる家に住み込みで資料調査に行くことになるのだが、資料の中にヴェリティの自叙伝があり、興味本位で読んでみるとそこにはヴェリティの隠された事実が書かれていて・・・。

 ラブロマンス系なので、濡れ場はふんだんに書かれている。また、その自叙伝の内容が衝撃的なもので、もし自分がこの女性の夫だったら?と想像すると夜も眠れなくなってしまう。そうやって不安要素が横溢する中、とどめの一撃としてある疑念が生まれる。ヴェリティは、本当に脳機能障害で身動きできない状態なのか?ここらへんの呼吸はまったくもって上手い。そうなのか?そうでないのか?読んでいるこちらも不安が募る。

 ま、女性がそんなにファックを求めるのか?という疑問が終始つきまとっていて、うっとおしいがそれを気にしなければ、なかなか秀逸なサスペンス物だと思う。で、どう帰結するんだと思っていたんだけど、ぼくはラストにきて大いなる吐き気に見舞われた。

 ああ、こんなことになっていようとは!

小野不由美「ゴーストハント 3 乙女ノ祈リ」

ゴーストハント3 乙女ノ祈リ (角川文庫)

 今回は、とある女子校に頻出する怪異を解決するため、われらがSPR(渋谷サイキックリサーチ)の面々が活躍する。狐狗狸さんが引き起こした狐憑きにはじまり、不審な物音、ポルターガイスト、果ては生徒が傷つけられる実害まで出る始末。
 
 だが、調査を開始してもなかなか原因が特定できず、焦る面々。いつもはクールで頼もしいナルも手探り状態から抜け出せない様子。しかし、時間を追うごとに少しづつ物事の複雑な様相が解きほぐされてゆく。昔から受け継がれている旧怪談、新たに浮上する新怪談、そして雰囲気に呑まれてそう思い込んでしまう枯尾花的解釈。様々なアプローチを試み怪異の原因を探るのだが、そこに新たに超能力騒ぎまで加わって話はややこしくなってゆく。

 というわけで、シリーズ第三巻なのであります。ここまでくると、もう主要メンバーとは昵懇となっているわけで、やあ、久しぶりまた会ったねって感じで物語に入ってゆけるところがうれしい。しかし、回を追うごとに少しづつ明かされる事実もあるわけで、今回はナルと麻衣の新たな一面にスポットが当てられる。

 話自体は先ほども書いたが、現象が頻出するけどそこに統一性がないため、各人戸惑いを隠せない。それは読み手も同じことで、じりじりと結果を引き延ばされて身悶える。ラストには帰納法に基づく推理が開陳されるが、これは少し弱かった。

 話自体もさほど怖くなかったが、シリーズとしての強みは確実に増しているので、続けて読んでいこうと思える楽しさがある。さて、次はどんな物件に直面するんだろう?

アミン・マアルーフ「サマルカンド年代記」

 

 

 

まったくまったくまったくもって、ぼくには縁のない本なのだ。だって、11世紀のペルシャとかサマルカンドとかオスマンとかいわれてもなんのことかまったくわからないんだもの。ここらへんの地理、歴史、風俗なんかは今のぼくとかけ離れていること何光年?って感じだ。

 でもね、そんな本こそ読むべきなのだ。こんなに未知の世界なのにも関わらず、読めば道は開けていくんだから驚くよね。また、そこが読書の素晴らしいところでもあるんだけど。

 いや、実際のところ前編、後編の二部構成になっている本書の前編部分は、最初とっつきにくかった。しかし、本書の要である『サマルカンド手稿本』が誰の手になって書かれ、それがどういう経緯を経て歴史の闇に埋もれていったのかを描くこのパートは、登場人物が確立されてからは、まさに手に汗握る(っていったら言い過ぎ?)危機回避の連続でグイグイ読み進んだ。手稿本の作者であるオマル・ハイヤームのことも初めて知ったし、史上初の自死をもって完遂する暗殺という最強の暗殺集団を作り上げたハサン・サッバーフのことも初めて知った。この探求が持続するおもしろさよ!

 で、その手稿本がある場所に落ちついて第一部は完。後編はそれから800年も後の話。後編の主人公は一人のアメリカ青年。彼はあることがきっかけで『サマルカンド手稿本』のことを知り、それを求めてペルシャに行くことになる。

 こちらもなかなかの吸引力を発揮して、グイグイ読んじゃう。第一部から800年後といっても現代のわれわれからしたら200年も昔の話。まだまだ世界は薄暗い中を手探りですすむような不安定感が充溢していて危険きわまりないんだよね。ここでまた歴史は劇的な瞬間をむかえる。イラン立憲革命だ。なんてエラそうに書いているぼくも、本書を読むまでこのことはまったく知らなかったんだけどね。

 とにかく、歴史が大きく動く瞬間にはその軋轢にまきこまれて多くの命が消え去ることになる。新しい世界は屍の上に成り立ってゆく。二部の主人公であるベンジャミン・O・ルサージは、大きく翻弄され、歴史の渦に飲みこまれてゆく。この部分も多分にロマンティック。そしてオリエンタル。悠久の歴史を漂うサマルカンド手稿本。それにたずさわる人々。いくつもの波がすぎてゆく。

 歴史が刻む優雅な時、相反するようにもがく人々、そしてその中で常に変わらぬ一冊の本。いったいどんな本だったのか見てみたかった。一文字も読むことはできないのだろうけど、その本を開いてみたかった。完全なるフィクション。マアルーフ、素晴らしい読書体験をありがとう。

高原英理 編「リテラリーゴシック・イン・ジャパン 文学的ゴシック作品選」

 

リテラリーゴシック・イン・ジャパン: 文学的ゴシック作品選 (ちくま文庫)

 

 リテラリーってなんだ?と検索したら、主に読み書きの能力とかいうのね。ま、ゴシックという定義にてらして編者が判断して、お眼鏡にかなった作品が集められているというわけ。副題にもあるとおり文学としてのゴシック作品集なのだ。

 で、いまさらだけどゴシックってわかったようでうまく説明できないよね。いってみれば、ホラーの概念もよくわからないんだけど(笑)。ぼく的にゴシックって怪奇とか恐怖とかの前に頽廃とか衰退とか腐敗とかの雰囲気があるんだけど捉え方間違ってるかなあ?そうそう少し耽美も混じってるね。直接的な心因のみでくくるんじゃなくて、そこには少しマイノリティなちょっと変態チックな部分が含まれているような気がするのだが、どうだろう?偏った考えかな?よくわかんないや。

 で、本書はそのゴシックを愛する高原英理氏が日本国内で書き継がれてきたこの系譜の作品を(といっても、作者本人がそのつもりじゃなくて、結果ゴシックに分類されている作品もあるんだけど)選りすぐったアンソロジーというわけ。収録作は以下のとおり。

 1 黎明

    「夜」 北原白秋

    「絵本の春」 泉鏡花

    「毒もみのすきな署長さん」 宮沢賢治


 2 戦前ミステリの達成

    「残虐への郷愁」 江戸川乱歩

    「かいやぐら物語」 横溝正史

    「失楽園殺人事件」 小栗虫太郎

 
 3 「血と薔薇」の時代

    「月澹荘綺譚」 三島由紀夫

    「醜魔たち」 倉橋由美子

    「僧帽筋」 塚本邦雄

    「第九の欠落を含む十の詩篇」 高橋睦郎

    「僧侶」 吉岡実
 
    「薔薇の縛め」 中井英夫

    「幼児殺戮者」 澁澤龍彦


 4 幻想文学の領土から

    「就眠儀式Einschlaf‐Zauber」 須永朝彦

    「兎」 金井美恵子

    「葛原妙子三十三首」

    「高柳重信十一句」

    「大広間」 吉田知子

    「紫色の丘」 竹内健

    「花曝れ首」 赤江瀑

    「藤原月彦三十三句」

    「傳説」 山尾悠子

    「眉雨」 古井由吉

    「春の滅び」 皆川博子

    「人攫いの午後 ヴィスコンティの男たち」 久世光彦


 5 文学的ゴシックの現在

    「暗黒系Goth」 乙一

    「セカイ、蛮族、ぼく。」 伊藤計劃

    「ジャングリン・パパの愛撫の手」 桜庭一樹
 
    「逃げよう」 京極夏彦

    「老婆J」 小川洋子
 
    「ステーシー異聞 再殺部隊隊長の回想」 大槻ケンヂ

    「老年」 倉阪鬼一郎

    「ミンク」 金原ひとみ

    「デーモン日暮」 木下古栗

    「今日の心霊」 藤野可織

    「人魚の肉」 中里友香

    「壁」 川口晴美

    「グレー・グレー」 高原英理

 どうです、この豪華な顔ぶれ。ゴシック好き嫌い関係なく読んでみたくなるでしょ?印象に残った作品はね、まず今回初めて読んだ小栗虫太郎。これはヒドい話だわ。悪趣味満開(笑)。で、肝心のミステリのトリックあんまりよくわからないし、でもそんなのどうでもいいくらいの衝撃映像です。倉橋由美子は文章の森を分け入る困難さが逆に快感。金井美恵子の「兎」は以前に他のアンソロジーで読んでいるのに、すっかり忘れていた作品。血まみれでコベコベなのに臭くないんだよね。吉田知子も他のアンソロジーで他の作品読んでいたんだけど、この「大広間」にはやられちゃいました。この人追っかけるわ、おれ。
 
 あとは、現在パートが注目なんだけど、ここは少しインパクト弱いかな。乙一の作品は掴みはOKなんだけど、ライトすぎるかな。死体はグロいんだけどね。「老婆J」、「ミンク」、「デーモン日暮」、「今日の心霊」などは、ちょっと笑いの要素が入ってたりして、これはこれでオモロイけど、ゴシックの括りではちょっと違和感あるかな。逆に「老年」、「人魚の肉」、「グレー・グレー」は、血しぶきの中にメランコリックな部分があって、惹かれるね。

 ま、とにかく贅沢なアンソロジーなのは間違いない。これは読むべし。

松浦理英子「親指Pの修業時代(上下)」

 

親指Pの修業時代 上 (河出文庫)

親指Pの修業時代 下 (河出文庫)

 女子大生の右足の親指がPになっちゃうのである。まあ、なんて大胆な設定!Pって何?なんて野暮な質問しちゃいけませんよ。Pってのは、もちろんペニスのことです。なんで、そんなとこがPになっちゃうのかはよくわからないのだが、とにかく彼女は刺激すれば勃起して、射精感にも似たエクスタシーを感じてしまう自身の親指をもって様々なうらやましい冒険をしちゃうのであります。

 って書いたら、それだけが目的の官能小説か!なんておもわれるかもしれませんが、さにあらず。
でも、はっきりいってここで描かれる性愛場面はかなり常軌を逸していてエキサイティングだ。親指がPのお嬢さんを筆頭に様々な性のフリークスが登場し、男女のまぐわい、男男のまぐわい、女女のまぐわいくらいしかレパートリーのない私たち一般ピープルの度肝を抜くシチュエーションが多々描かれる。

 そういうところに身を置くと人ってどうなる?いままで体験してきたことのない別世界に身をおくことによって、親指Pの彼女は限りなく思考をめぐらすようになる。そして、そうすることによって自身を成長させてゆくのである。彼女は少し凡庸に描かれる。そうすることによって、世界の広がりを自身の体験として語る彼女と読者は共感してゆく。ここらへん、松浦さんうまいよねえ。本書がビルドゥングスロマンとして機能する所以だ。

 凡庸ゆえに彼女は聡い人なら、教養として身につけているありふれたことにまで、新たに焦点をつけ掘り下げて考えたりする。それが、一般の我々には逆に新鮮であったりする。尚且つ、彼女は男性としてのシンボルを備えてしまったがために、男としての感覚をも取り込んで成長してゆくのである。

 この感覚は他では味わえない。本書が優れている点はそこにあるといってもいい。ここには作家の想像力としての豊かな飛翔があり、それは我々に見たことのない景色を見せてくれる。それは、大いなる読書の喜びだ。どうか未読の方は読んでみてほしい。心に残る一冊となるだろう。