読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

松本清張「武士くずれ―松本清張歴史短篇選」

武士くずれ 松本清張歴史短篇選 (中公文庫)

 

  とっても短い作品ばかりで、しかも文字が大きめだからすぐ読めちゃいます。収録作は以下のとおり。

 「転変」

 「武将不信」

 「二すじの道」

 「武士くずれ」

 この中で「武将不信」は既読ね。これは家康と最上義光の関係を描く作品で、主人公は義光なのに家康の不敵さが際立つ作品。前回の「武将列伝」の感想でも少し書いたが、最上義光の娘である駒姫は謀反の疑いを受けて切腹した豊臣秀次連座して三条河原で処刑されてしまう。まだ正式に側室になっていなかった彼女を助けようと家康も助命を請うたが間に合わなかったという。駒姫この時まだ十五歳。義光の心痛はどれだけだったろうか。家康が天下をとった後も義光と家康の関係は良好だったがその関係は・・・。おおこわ。

「転変」も家康の不敵さが際立つ作品で、これは福島正則が主人公。賤ヶ岳の七本槍といわれたかつての猛将は、関ケ原の役でも目覚ましい活躍をして家康に「この度の勝利は全く其許のお陰でござる。この御恩は末代まで忘却いたさぬ」と言わしめたのだが、結局・・・というお話。

 「二すじの道」は、またまた鬼っ子松平忠輝が登場。大阪夏の陣で西へ向かって急いでいる彼の軍勢を追い越したとして幕府の旗本二人を無礼討ちした有名な件を扱っている。これに対する幕府の処遇は忠輝を冷遇する家康の意向もあり、下手人を差しださねばならない仕儀となったが、その時の真相は不明であり、身代わりとなって二人の武士が名乗り出たのだが・・・・。いかにも人間臭い。だから理解できる。武士という現代では相容れないまるで異国の人種が清張の手にかかると、腹の底から理解できてしまうのである。

 「武士くずれ」も上に同じ。情や死への恐怖を持つ、われわれ現代人にも通じる感情で動く武士の姿に笑ってしまうくらい共感する。藤沢周平の描く凄烈で堅実な武士とは違って清張の描く武士は、とても人間臭い。でも、そこがまた良い。ま、結局どっちもいいんだけどね。

日本SF作家クラブ編「恐怖とSF」

恐怖とSF (ハヤカワ文庫JA)

 

  こういうアンソロジーゾクゾクする。収録作は以下の通り。

 「#」   梨

 「タタリ・エクスペリメント」   柴田勝家

 「始まりと終わりのない生き物」   カリベユウキ

 「幻 孔」   池澤春菜

 「あなたも痛みを」   菅 浩江

 「ロトカ = ヴォルテラの獣」   坂永雄一

 「戦場番号七九六三」   小田雅久仁

 「我ら羆の群れ」   飛鳥部勝則

 「フォトボマー」   イーライ・K・P・ウィリアム

 「幸せのはきだめ」   平山夢明

 「現代の遭遇者」    小中千昭

 「牛の首 .vue」   空木春宵

 「初 恋」   牧野 修

 「ヘルン先生の粉」  溝渕久美子

 「漏斗花」   篠たまき

 「愛に落ちる」   久永実木彦

 「まなざし地獄のフォトグラム」  長谷川京

 「『無』公表会議」   斜線堂有紀

 「開 廟」   飛 浩隆

 「システム・プロンプト」   新名 智

 SFで怖いっていったら、そりゃあ「エイリアン」が嚆矢でしょ。宇宙船内という密室で繰り広げられる猫と鼠のゲーム。生々しい殺戮とエイリアンの生態。ギーガーの悪夢的なデザインの世界観と次々明かされる新事実。後半の息詰まる展開は忘れられない緊張に満ちている。

 転じて小説ではどうかというと、竹本健治腐蝕の惑星」が強く印象に残っている。ていうか、本書の表紙のイラストがまんまあの「腐蝕の惑星」のラストなんだけどね。

 本書の表紙を見て、すぐさまそれを連想したぼくはあの恐怖を期待して本書を手に取ったのであります。しかし、恐怖とSFというお題に見合う作品は本書の中にはないのである。おもしろくても怖くはない。SFというお題はもちろんしっかりクリアしているが、ホラーや恐怖要素は皆無なのである。

 これだけの作品が収録されているのに、ほとんどがまったく印象に残らないものばかりで驚いた。こういうアンソロジーって何作はそういう作品があるもんなんだけどね。そんな中でも飛浩隆「開廟」だけは一味違った。いつものごとくセンス・オブ・ワンダーの最良の部分を奇抜に視覚化し、そこへ意表をつくストーリー展開でもって盛り上げ、特異な登場人物を配して度肝を抜く。まことにおもしろいSFでありました。でも、怖くはなかったけどね。

 というわけで、ちょっと肩すかしのアンソロジーでありました。

文藝春秋編「 松本清張の世界」 

松本清張の世界 (文春文庫 編 2-33)

 

 これ、たまたま他の本でタイトルが出てきたので検索したらAmazonで安く売っていたので即ゲット、届いた本見て驚きました。だって700ページ以上あるんだもの。うれしい驚きだ。清張が亡くなった時の追悼として出版された本の文庫版なのだが、分厚いだけあって充実の内容で、巻頭の各著名人の清張さんの思い出話は美談だけがチョイスされているわけではなくて、松本清張という人間の表も裏も描かれていておもしろい。それによってぼくはさらに松本清張という作家に興味を覚え、刺激を受け、愛着を感じることになる。

 対談も井上ひさし水上勉とか一ファンとしての惚れ具合をノロけちゃってるし、初期短編も既読もあったけど、このあいだ読んだ「笛壺」となんかいろいろ交錯する「断碑」とか「骨壺の風景」が思い出される「父系の指」とか、清張の生い立ちや心風景を自分のものにしたような気持ちになった。

 彼の膨大な仕事は驚異でしかないが、その大きな壁はおいそれと乗り越えることはできない。尚且つ、その興味の向く範囲の広範囲なこと。清張の好奇心は後代への示唆に富む指標でもあり、大いに見習うべき巨大な力である。
  
 死していまなお書店に行けば主な代表作はすぐに手にとれるこの状況は、松本清張という唯一無二の作家の偉大さを象徴しているではないか。そんな素晴らしい作家を『社会派ミステリなんでしょ』と読みもせず(「点と線」は読んでいたけど、あれはそんなに響かなかったんだよねー。その印象が強いから長編は未だに読んでいないけど)棚の前をスルーしていたのが、恥ずかしい。清張の短編群は本当に宝の山なのである。

 で、そんなにわか清張ファンのぼくにとって、彼の軌跡や仕事の流れ、立ち位置、人となりなどの作品以外の知りたいこと、知らねばならぬことか網羅されていた本書は本当に有意義な一冊。

 分厚い本でありがとう。第一線で頑張ってくれていてありがとう。小説家として死ぬまで努力してくれてありがとう、清張さん!

ラフカディオ・ハーン「骨董──さまざまの蜘蛛の巣のかかった日本の奇事珍談」

骨董: さまざまの蜘蛛の巣のかかった日本の奇事珍談 (岩波文庫)

 

  ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲は怪談・奇談の蒐集及び紹介をしている人なんだと勝手に思い込んでいた。耳なし芳一やむじなの話など子どもの頃から慣れ親しんできたので、いまさら読むこともないかと思っていたけど、本書を読んで認識をあらためた。

 日本人のぼくからすれば、ろくろ首も雪女も決して新奇なものではなく、自然に身の内に入り込んでいたくらいの馴染み深さだが、これが外国の人からすれば文化や風習の違いと同じく馴染みがないからまったく新しいものとして受け入れられたんだと思う。ハーンは、こういう日本の珍談・奇談・怪談に接してぼくが以前「ラテンアメリカ五人集」に収録されているアストゥリアスの「グアテマラ伝説集」を読んだ時のように頭を殴られたかのような衝撃を受けたのではないだろうか。そういえばエイモス・チュツオーラの「やし酒飲み」もなかなかの衝撃だった。

 ハーンは、日本の伝承や説話を知り、そういった衝撃を受けてこれは紹介せねばなるまいと多くの本を書くに至ったのではないだろうか。そんな彼のまた違った顔を見せてくれるのが本書の後半部分。

 こちらではとりとめない色々なことについて思うままに書かれている。それはある薄幸の女性の日記についてであったり、虫についてのことであったり(蛍の話は勉強になった)、彼の死生観の話であったり、猫についての話であったり、ほんとうにとりとめがない。だがそれゆえに放射線状に伸びたあらゆる知覚が感じられるような気がして、彼の人間として懐の深い人となりが感じられて興味深かった。
 この人、頭の中がグルグルしていたんだね。なんだ、ぼくと同じじゃん!

松本清張「鬼畜―松本清張短編全集〈07〉」

鬼畜 松本清張短編全集07 光文社文庫(松本清張) / 栄文社 / 古本、中古本、古書籍の通販は「日本の古本屋」

 

  収録作は以下のとおり。

 ・ なぜ「星図」が開いていたか

 ・ 反射

 ・ 破談変異 

 ・ 点

 ・ 甲府在番

 ・ 怖妻の棺  

 ・ 鬼畜

 この中の三編は既読だった。残り四編のうち三つが時代物。まず「破談変異」は、簡単に言えば仲人争いの話。でも、その相手が春日局だから、そりや勝てないわ。で、なんとも凄惨な結末を迎えてしまう。こういう話っていまでは少なくなってしまったのだろうが、それでも人間関係の中で、上下の重圧に押し潰されてしまうのはよくある話で、そこにはたらく負の均整は簡単に傾いてしまうのである。
「点」はなんとも悲惨な話で、これは現代物なのだが当時の暗く低い雲が常に覆いかぶさっているみたいで気持ちが沈むようであり、逆撫でするようでもありキーとなる幼い女の子の悲惨な境遇を受け入れきって達観しているような姿が、かわいそうでもあり薄ら寒くもある。「甲府在番」では、江戸から左遷された者が江戸を夢見て朽ちてゆく甲府での出来事を描く。これはラストのいきなりな場面切替えに驚く。決着の付け方としてあくまでもイレギュラーなのだが、それが破綻していないところが素晴らしい。「怖妻の棺」は、よく見る話なのだが、途中の展開で思わず笑ってしまった。珍しい事だ。これも、現代に通じる話。  

 推理小説家だと思っていた清張のこんなにも彩り豊かな時代・歴史小説を読むのが楽しい。切り取られる題材が現代にも置き換えられるものなので、馴染み深い。尚且つそこに時代の特色が活かされてくるのでテイストが加わり驚きが生まれる。この人は根っからのストーリー・テラーであり、何が読者の興味を引くかを知悉している職人作家なのだなと感心が止まらない。

波木銅「万事快調〈オール・グリーンズ〉」

『万事快調〈オール・グリーンズ〉』|感想・レビュー・試し読み - 読書メーター

  いまいちノレなかったな。田舎の女子高生の話なのだが、どうも刹那的でいけない。主人公である朴秀美は、引きこもりの弟と、何かと鉄拳をふるう父親とそれに追従する母親、そして半分ボケている祖母の五人家族。

 茨城の田舎という閉鎖的な空間で(行ったことないから、実際知らんけど)、落ちこぼれの集まる工業高校に通う彼女はほとんどが男子生徒の教室で、もう一人の冴えない女子岩隈真子と仕方なくつるむ毎日。もう一人いる矢口美流紅(みるく)はクラスの人気者グループに属し毎日、明るくうるさく過ごしている。こんな三人が大麻を栽培して売り捌くという闇ビジネスに手を染めていくのだが、まずね主人公の朴秀美が開巻早々アトウッドの「侍女の物語」を読んでいるのですよ。そして、間に挿入される「侍女の物語」の文章。お?こんな女子高生いるのか!と少しの違和感。朴はSFが好きで、ヒップホップの仲間内でのMCネームはニューロマンサー。矢口も見かけによらず映画文化には超絶詳しくて、リスペクトも半端なくその知識は尋常ならざるものがある。岩隈も漫画に拠り所をもとめる毒舌家で大島弓子の「綿の国星」は、すべてのセリフを暗記するほど何度も読んだという。こんな三人が出会う?なんか、その違和感が読んでいる間ずっと頭の片隅にあって、ノレなかったんよね。
  
 でも、話的にはかなりおもしろく、絶望的な展開が何度もあるけどそれを跳ねのける彼女たちの若さとエネルギーに興奮した。結局話的には、オール・グリーンにはなっていないけど、それはそれでま、いいかとも思える。映画化されるらしいので、それを観てみたいと思わせる面白さはありました。しかし、ハーヴェイ・ミルク知っている女子高生ている?マチズモ知っている女子高生いる?ミンストレルショー知っている…いや、ここらへんでやめておこう。自らの無知を女子高生に重ねてさらけ出しているではないか!

 とにかく、おもしろかったし刺激は受けたけどって話。なんか納得いかないんだよねー。生きていく上で通ってくる道が違いすぎたのか?自分が知らないだけで、世の中はこんなに文化的に成熟しているのか?田舎の女子高生でさえ?

 あんまり考えないで映画楽しみにしていよ。

M・W・クレイヴン「デスチェアの殺人 (下)」

デスチェアの殺人 下 ワシントン・ポー (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 やはりすごいリーダビリティなのだ。短い章割りでしかも章の最後一行でえ?え?てなるから、どんどん読んじゃう。しかし、面白いだけですまないのである。本書で扱われている事件はかなり曲がりくねった事件であり、それが内包する人間のダークな面もことさら強調されて、なかなかの陰惨ぶりなのだ。

 しかし、前回「ボタニストの殺人」でも書いていたが、このシリーズここへきてすごくライトになってきているのである。それは、ミステリとしての結構や物語自体の奥行き、登場人物たちの動向にいたるまですべてにおいて感じることで、何がどうとか言えないのだが全体から受ける印象がそうなのである。それでも先に書いたようにストーリー自体の訴求力は半端なく、謎が次から次へとたたみかけられるので、忙しいったらありゃしない。でも、その謎にしてもいったいどうしてそれをしなければいけなかったのか?と言う動機の部分が弱かったり性急だったりで落ち着いて考えると、れれれ?となったりする。

 だが、おなじみのメンバーはいつもの通りだし、窮地に立たされても取り乱さないポーやワケのわからない理論を大真面目に披露するかと思えば感情のコントロールがままならなくなってしまうティリーや、自信にあふれポーへの愛を惜しまないドイルなどの面々に会えてうれしいし、ワクワクするのもしかり。ラスト近くの何回あるの?ていうくらい繰り出されてくるどんでん返しも健在で、途中まではおそらくそうなのだろうと予測つけて読んでいたけど、それのあとにまだニ回も驚きが残っていたので心底驚いた。

 なんやかんや言っているが、次が出たらまた読むよ。第一にこのシリーズ好きだから。書き方が姑息だなと思いながらも読むよ。その後に待っている驚きが好きだから。なによりポーを取り巻く仲間たちが一番好きなんだけどね。