読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

ルーシャス・シェパード「ジャガー・ハンター」

ジャガー・ハンター (新潮文庫 シ 20-2)

  たぶんこの人の名前は、随分まえから知っていたのだ。あいまいな表現になっているのは、実際この人の本を読むのは、本書が初めてで処女長編の「緑の瞳」も積んだままで、作家名より本の表紙のほうが印象に残っているからだ。そういう本は数しれず、およそ命尽きるまでに読み切れるはずがないと、最近では悟りをひらいたかの心境である。
 戯言はこれくらいにして、この作家は近年「竜のグリオール」関連で再浮上した。ていうか、最初のプチブレイクか。ま、古参のSF好きなら、あたりまえに知っている作家なのだろうけど。本書は、そんな彼の初期の頃の作品をまとめた短編集。収録作は以下の通り。

 「ジャガー・ハンター」

 「サルバドル」

 「黒珊瑚」

 「ぼくたちの暮らしの終わり」

 「ある旅人の物語」

 「メンゲレ」

 「竜のグリオールに絵を描いた男」

 「スペインの教訓」

 一読して、特徴的なクセを感じた。ベトナム戦争、クスリ、中米。これらがブレンドされ独特の世界が構築されている。その中でひときわ異彩を放っているのが「竜のグリオールに絵を描いた男」だった。この作品だけがまるっきり異世界を舞台にしている。

 順を追ってみてみよう。巻頭の表題作は中米ものの一作。妻が家電商につくったツケのせいで黒いジャガーを狩ることになったインディオの男の話。舞台設定が整ったところで悪夢が浸出してくる。

 「サルバドル」も中米が舞台なのだが、こちらはベトナムを想起させるエルサルバドルでのゲリラ戦争を描いている。プラトーンみたい。

 「黒珊瑚」も中米ホンデュラスを舞台にベトナム帰還兵の悪夢を描く。精霊には逆らわないほうがいい。

 「ぼくたちの暮らしの終わり」は、グアテマラでの離婚寸前の夫婦の道行きが描かれる。文明と呪術の邂逅とでもいおうか。呆気なく余韻が残る。

 「ある旅人の物語」もホンデュラスの島が舞台。ファースト・コンタクトでいい?でも、味わいはかなり異質。どちらかというとおどろおどろしい。

 「メンゲレ」は、そのまま、あの誰でも知っているメンゲレが登場する。パラグアイの奥地で墜落した飛行運搬屋の男が助けてもらったのはマッドサイエンティストそのままのメンゲレだったという話。異形のものたちが蠢く地から落ち延びた男は、都会に帰ってからもメンゲレの魔力に囚われ続ける。自分だけが知っている事実は、世界を動かすことはできない。

 「竜のグリオールに絵を描いた男」この作品だけほんと別物だ、この短編集の中では。ぼくはSFの醍醐味として、現実にはあり得ない景色を見せてくれるのを楽しみにしているのだが、ここで描かれる都市並みの巨大さという竜のイメージは素晴らしい。しかも動かなくなってかなりの時間が経過しているのに、生命の火は消えていないというのだ。竜の身体は地形となり木や草が生え、独自の生態系が成立し人もそこで暮らしていたりするのである。そんな世界で描かれる運命の物語。この作者独特の泥臭さの中にある真珠のような輝きが感じられる。

 「スペインの教訓」作者シェパードは、若い頃ドロップアウトしてヨーロッパあたりを放浪していたらしい。その時の体験をもとに書かれたのがこの短編。といってもそこには現実を侵蝕してくるあちらの世界が顔をのぞかせ、オカルトの鼻薬が効いているものだから、強烈なイメージにクラクラする。いたぶられる感覚とでもいおうか。

 色々ととっかかりにくい傾向にはあるが、入ってしまえば空気が馴染んでそこを楽しむことができる。そういう未知のものに対する反発と少しの不安を克服するのに最適な作品集。なかなか接し難いんだけど読んでよかったと思えた。