読書の愉楽

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伊東潤「戦国鬼譚 惨」

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 武田家の滅亡を描く短編集。五編収録。ここらへんは、まったく疎くて、その過程はよく知らなかった。ま、信玄が病に斃れ、最終的には信長に滅亡に追いやられたってぐらいね。それぐらいの素地しかなくても、ここに収録されている各編はおもしろかった。奇を衒うでなく、巻頭からラストに向けてすべての短編が時系列に並べられているのもよかった。巻頭の「木曾谷の証人」がまず発端で、その事実が後の短編すべてに影響しているのが印象的。といって、安心していたらラストの「表裏者」という短編で大いなるうっちゃりをくらうことになる。ま、そのことについては後ほどね。

 本書の時代設定は、もう武田家が滅亡へのカウントダウンを刻みはじめた時期だ。信玄亡きあと、急速に衰亡してゆく武田家の全容は、月並みながらまるで巨大戦艦がゆっくり沈んでゆくさまを思い起こさせる。徐々に攻めいられ城をなくし、追いやられてゆくかつての大国よ。本書で描かれるのは、その沈没の過程で誰がどんな目に遭い、欺かれ、謀れ、死んでいったかである。まず、巻頭の「木曾谷の証人」からして無惨な話だ。まあ、自分が戦国時代に生まれていたら、すぐ手打ちにあって死んでるだろうね。こんな酷いことが日常にまかりとおっているなんて信じられない。我が身であったならと想像することすら忌まわしい。

 続く「要らぬ駒」も、同様に信じられない裏切りが描かれる。もう、そうなるだろうなとわかっているのに、実際そうなってみると読んでいるこちらが憤死(by綿矢りさ)しそうになる。こちらも目が当てられないほど無惨です。

 三話目の「画龍点睛」は、信玄の実弟である逍遥軒信綱(しょうようけんしんこう)こと武田刑部少輔信廉(ぎょうぶしょうゆうのぶかど)の儚い生が描かれる。常に陰にいる存在としての悲哀に隠れてしまいそうだが、この短編でも事の真相について思いもよらないアプローチが成されていて驚く。なるほどねえ。

 四話目「温もりいまだ冷めやらず」。ここでも、信じたくない裏切りが描かれているとおもわせて・・・・という短編。ここの熱い恋心はちょっと驚いたよ。この時代では当たり前のことなんだけどね。

 で、ようやく最終話の「表裏者」なのだが、ここでは本能寺の変に絡んでトンデモない陰謀が描かれて、寝っ転がって読んでると、思わず座り直してしまうくらいの驚きの展開をむかえる。これはまったく情報を与えられません。興を削いじゃうもんね。でも、本能寺の変の解釈はいままで色々読んできたけど、これには驚いた。まったく新しい斬新な解釈です。


 というわけで、五編なかなかの読み応えだった。まさに戦国地獄絵巻だよね。