読書の愉楽

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アンジー・トーマス「ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ」

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 いまさらどうこうすることはできないのだろうが、アメリカで起こる差別や偏見がまねく尽きることない数多くの悲劇の根本にあるのは、銃だと思うのだ。もし、誰もが銃をもっている社会でなければいままで無意味に死んでいった数多くの人たちの命は救えていただろう。

 本書の事件もそうだ。おそらく白人の警官に先入観はあっただろう。ゲットーでの見廻り。テールランプの壊れた車。降りてきた男は耳にダイヤのピアスをしたいかにもギャング風の黒人。警戒レベルが上がる。それもこれも相手が銃をもっているかもしれないという危機感からだ。撃たれる前に撃たなければこちらがやられる。その警戒心が恐怖に拍車をかけ、こちらの命令どおりじゃない行動をとれば即座に引き金を引いてしまう。それもこれも銃社会じゃなければここまで切迫した状況にはならないだろう。銃より根深い人種差別という問題があるとしてもだ。

 ぼくはいま、白人警官の立場で解釈した。別に差別してるわけじゃない。心情としてわからないわけでもないと思うだけだ。確かに、ゲットーのような黒人街では、ギャングがはびこり麻薬が飛び交い、犯罪が秒単位で起こっている。いわば、温床として機能している。その前提があればこその判断と行動だ。ではなぜ黒人街は犯罪多発地帯になってしまうのか?そこにも様々な問題がある。仕事の需要、スキル、環境、そして差別。悪循環といってもいい堂々巡り。だからこそ、そこから抜け出そうとする人もいるのだが、多くはそううまく事が進まない。

 本書にはすぐには解決できない多くの問題が描かれている。差別、貧困、銃。タイトルになっている「THE HATE U GIVE」とは、あなたから与えられた憎しみ、という意味だ。そこには生い立ちの問題も絡んでくる。親や環境が子どもに与える影響は計り知れない。そこで培ったノウハウは、一生を左右する行動指針となって身体に染みついてしまう。親の愛情、満足のいく食事、疑問を持つ自由、興味を引きだす好奇心そしてある程度の行動の自由。そういったものが満たされていないと〈子どもに植えつけた憎しみが社会に牙をむく〉という状況に陥ってしまう。

 そういった問題は、日本でも無きにしも非ずだ。しかし、日本は銃社会じゃない。育ちや貧困に由来する大きな問題や人種差別という昔からある唾棄すべき観念があったとしても、アメリカのように銃乱射事件や、警官による発砲で人が命を落とすなんていう事件が起こることはない。

 本書で射殺された少年カリルと主人公のスターが車でパーティを逃げ出したのも、元はと言えば銃の発砲があったからだ。発砲がなければ、彼らが逃げだすこともなかったし、警官と出会うこともなかったかもしれない。いまさらなのだが・・・。

 でも、そういった環境におかれたスターは、目の前で射殺された幼馴染の死の衝撃から立ちあがって、現在の状況を打破すべくみんなの前で声を上げる。これはこれで多大な勇気が必要となる行動だ。そこには愛情深い家族の支えや、わかりあえるボーイフレンドの存在がある。彼女は、自分をとりまく今の境遇と、理不尽な死の狭間で大きく揺れ、悩み、最終的には打ち克つ。本書は、そういう過程を一喜一憂と共に描きだす。

 カリルの死は、理不尽でしかない。彼は死ななければいけない事など何もしていない。環境が、社会が彼を殺したのだ。引き金を引いたのは白人警官だが、その土壌を作ったのはアメリカの銃社会だ。差別とか貧困はそれを取りまく環境でしかない。核の廃絶も必要だが、銃の廃絶も早急な問題ではないのだろうか。