本書は、その著者の自叙伝みたいなものである。一人の女性の生い立ちが、短い章の連なりによって描かれてゆく。それは断片の集積だ。それはリアルな触感を残す。継続しないストーリーは、読んでいる者にまとまった一本の出来事として認識されずに切り取られた記憶の集まりとして、数多い出来事という錯覚にも似た感覚で取り込まれる。だから、こんなに薄い本なのに、豊かな質感と情報量が実感されるのだ。
また、本書の時系列は一定していない。自叙伝みたいなものだと書いたが、単純に過去から現在へと遡上するのではなく、いったりきたりを繰り返す。それは、あたかも個人の記憶としてその人の人生を共有しているかのような錯覚を読む者にあたえる。整理された一連の出来事として処理されるのではなく、膨大な記憶がランダムに浮かびあがってくるような効果を生む。
豊かな情感だ。熱い、寒いとかいうはっきりした質感ではなくて匂いや雰囲気のようなイメージを喚起させるような読み心地なのだ。