読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

海外文学(英米)

ニコール・クラウス「ヒストリー・オブ・ラヴ」

「本が好き!」に登録して、初めての献本が本書「ヒストリー・オブ・ラヴ」だった。 本来ならタイトルだけで敬遠してしまうところなのだが、本書は帯を見てちょっと待てよと思った。『壮大な運命と邂逅の物語』『その物語はいつか輝く』。これらのコピーを見…

カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」

とても静かな小説だ。だが、とても静かなのにとても激しい小説でもある。主人公であるキャシーの一人称で語られるこの静謐な物語は、淡々とした語り口ながら一筋縄ではいかない物語だ。読者は、彼女の語りに耳を傾けているかのような感覚で読み進めることに…

ジャネット・ウィンターソン「オレンジだけが果物じゃない」

ウィンターソンは、この本で二冊目である。先に読んだ「さくらんぼの性は」は、ユーモアと奇想に満ちたとてつもないホラ話で、小躍りしたくなるほどおもしろい本だった。そんな彼女のデビュー作が本書。半自伝的な作品ということで、狂信的な母親との葛藤、…

ダン・ローズ「コンスエラ 7つの愛の狂気」

世の犬好きすべてを敵にまわしそうな「ティモレオン」の衝撃的な結末が印象深いダン・ローズの短編集である。本書には七つの話がおさめられている。愛の狂気と副題にあるから、それなりのつもりで読んだが、こりゃだいぶヒネクレている。すべての話が主人公…

ギルバート ・アデア「ドリーマーズ」

まず、驚いたのが『五月革命』である。恥ずかしながら、1968年にフランスでこんなに混乱を極めた革命があったなんてまったく知らなかった。学校で習ったっけ?とにかくその事実を知っただけでもめっけもん。で、内容的には退廃とエロスに彩られた幕間劇…

ジョン・マリー「熱帯産の蝶に関する二、三の覚え書き」

確かに深い余韻が残る短編集だった。他の短編の名手と比較するってこと自体、意味のないことかもしれないが、書評でも引き合いに出されてたので、一応吟味しながら読んでみた。国境なき医師団で働いていたというキャリアからして、我々とは違う現実に生きて…

エイミー・ブルーム「銀の水」

非常におもしろく読んだ。すべての短編において、扱っている題材は『アメリカの悲劇』である。しかし、暗くもないし不安にもならない。ブルームの筆勢は、過剰にならず適度なスピードで誘導してくれるから、こちらとしてはショッキングな展開でも自然に受け…

アーウィン・ショー「小さな土曜日」

ショーといえば、ニューヨーク。彼はニューヨークを舞台に珠玉の都会小説を数多く残している。そんなショーが、こんな作品も書いてたんだと驚いてしまう短編集である。各作品について一言。「神、ここに在ませり、されど去りたまいぬ」少々物足りなさが残る…

ウィリアム・ゴールディング「蠅の王」

時として人間ははてしなく愚かになり、またおそろしく弱い者になる。 それは人生最大のピンチではなくて、とてもちっぽけな事がきっかけとなる場合が多い。 心の暗部というものがあるなら大人はそれを隠そうとし、何かのきっかけがあってこそ一気に爆発し、…

イアン・マキューアン「最初の恋、最後の儀式」

そういう事。 デビュー当時のマキューアンは、とんがっていたのだ。彼がこの第一短編集を出したのは27歳の時である。そんな彼もいまでは58歳、英国で押しも押されぬ文学界の重鎮となっている。 本書には、八つの短編がおさめられている。 どれもインパク…

スーザン・ヴリーランド「ヒヤシンスブルーの少女」

フェルメールという画家は、名のみ知るという存在だったが、本書を読んで興味を新たにした。ホント光と影が細やかに描かれていて、それによる色の変化が絶妙なのである。本書に触発されて一昨年、神戸にフェルメールの「絵画芸術」(またの名を「アトリエの…

デイヴィッド・ベニオフ「99999【ナインズ】」

数字の並んだタイトルと、メーター写真の表紙。あまりソソられる本ではない。 しかし、これが素晴らしい短編集だった。 本書に収録されている作品は8編。それぞれ新鮮で驚きにみちており、手をかえ品をかえ読者を飽きさせない。表題作は音楽業界を舞台に捨…

チャールズ・バクスター「愛の饗宴」

いつものごとく、普通の人々の、普通の愛の営みを描いている。 だが、そこはバクスター、そのなんでもない普通の世界が小説として成り立っているのだからたいしたものだ。いくら普通だといっても、それは言葉の綾であって、そこにはサスペンスもあればミステ…

デイヴィッド ソズノウスキ 「大吸血時代」

こういうヴァンパイア物は、いまだ出会ったことがなかった。エポックメーキングだ。本書の主人公はヴァンパイア人生にも翳りがでてきた鬱気味の中年男マーティ。そんな彼が自殺しようかと夜のドライブしてるところへ人間の女の子イスズが現れる。久しぶりの…

ティム・オブライエン「カチアートを追跡して」

とにかく快哉を叫ばずにはいられない作品だ。 ファンタジーと現実が見事に融合して、素晴らしい世界を構築している。 「ガープの世界」や「ウィンターズ・テイル」等と並び賞される本書は、現代アメリカ文学を代表する一冊といえるだろう。 しかし、本書は読…

アリス・シーボルド「ラブリー・ボーン」

本書の主人公のスージーは、十四歳という若さで理不尽に命を絶たれてしまいます。 レイプされバラバラにされて最後まで彼女の遺体は肘の一部しか見つかっていませんでした。残された家族はみなそれぞれの方法でこの信じがたい我が身に起こった悲惨な事件をな…

ブルース・チャトウィン「ウッツ男爵」

くすぐりの上手い小説だ。謎が未解決のまま終わっているのに、まったく不満に思わない。 いろんな解釈があとに残されるわけだが、とりあえずぼくはこのままでいいと思う。 ていうか、謎を解明するのに再読してじっくり考えるなんてできない(笑)。 なんにせ…

トム・ロビンズ「カウガール・ブルース」

これはねえ、まったくもってうれしくなっちゃう本ですよ。 まず、全体からにじみ出ているユーモアがいい。語り口の軽妙さが、まったく新鮮で壁に頭を打ちつけたくなるほど楽しい。 例えばそれは、とんでもない前置きから物語へと入ってゆく各章の楽しさであ…

エイミー・ベンダー「燃えるスカートの少女」

描かれる事象は突飛なものばかりなのだが、そこに見出されるものは都会に住む人の、あるいは自分を見 失った人達の切実な孤独感だった。 恋人がサンショウウオになったり、母が祖母を産んだり、小鬼と人魚が高校に通っていたり、火の手と氷 の手を持つ少女達…

アニー・プルー「ブロークバック・マウンテン」

本書は「シッピング・ニュース」で有名なアニー・ブルーの短編である。 映画公開にあわせて短編一本で文庫化しちゃってるのにまず驚くのだが、気になっていたアニー・プル ーの作品を知るいい機会だと思って読んでみた。薄いから読むのに1時間もかからない…

ジュンパ・ラヒリ「その名にちなんで」

やはり素晴らしいですね。 ラヒリの透徹された高みから見下ろす視線は、長編になってさらに磨きがかけられた感があります。 インド移民の困惑に満ちた異国での生活が、やがて定着し、同化していくさまはそのまま時代の趨勢と重なりあい、慣習がすたれていく…

トマス・ピンチョン「競売ナンバー49の叫び」

ぼくが読んだピンチョンは、本書一冊きりである。 この本を読んだのも10年以上前だ。それから現在にいたるまで1冊も彼の本を読んでない。あの「重力の虹」も書棚におさまってずっと威圧的に睨みをきかしている。 それほど本書から受けた印象は、強いもの…

チャールズ・バクスター「初めの光が」

このあいだ紹介したバクスターの初長編である。 構成が秀逸で、章を追うごとに時間が逆行していくのである。このことによって、どういう効果が得られるか? 読み手は、先に結果を知らされるのである。そして、読み進めるにしたがって事の次第を理解するとい…

ダニエル・ウォレス「ビッグフィッシュ」

夢のいっぱい詰まった本だ。 トールテールの伝統を受け継ぎ、まるっきりのホラ話なのにそれが奇妙にしっくりくる。死にゆく父と、それを見守る息子二人の関係は普通のそれとは違う。父はジョークとホラ話しか口にしない。それでいて誰からも愛されている。彼…

チャールズ・バクスター ~アメリカ短編小説の巧者~

今回は、ぼくが偏愛する作家チャールズ・バクスターを紹介したいと思います。 日本では、15年くらい前に早川から何年かおきに短編集が三冊刊行されました。 「世界のハーモニー」 「安全ネットを突き抜けて」 「見知らぬ弟」 の三冊です。ぼくは、この三冊…

ジョセフィン・ハンフリーズ「愛にあふれて」

愛すべきルシール。 彼女の強さと愛情、ものの見方、考え方、すべてが新鮮で素敵だ。 ある日の事件を境に、普段の変わりない生活が突然ドラマのように急展開して、彼女は家族を取り戻すために必死になる。 その中で描かれる数々のエピソードは、これといった…

アンソニー・ドーア「シェル・コレクター」

八つの短編それぞれが味わい深い。 特に気に入ったのが、「世話係」と「ムコンド」。どちらもアフリカが重要な舞台となっているが、それは関係ない。二つとも激しく魂をゆさぶられる話なのだ。 生きる意味や、荒ぶる気持ち、それと自然の素晴らしさが、おさ…

カズオ・イシグロ「日の名残り」

昔日の誇りと栄光に満ちた日々。古き良き時代の英国。 執事という、英国伝統の神髄を描いて鮮やかな印象を残す。 慎み深き慇懃さ、そして矜持。 現代の我われが忘れがちなこれらの人間としての美徳を、ミスター・スティーブンスは体現してくれている。 時に…

スチュアート デイヴィッド「ナルダが教えてくれたこと 」

孤独を噛みしめる話だ。 繊細でピュアな心を持った主人公は、彼の信じることを大事に守ることで、望みを得ている。だが、友情と愛情を知ったことで、彼の心はゆらぎ始める。 ストイックで孤独な彼の言動を追う内に、こちらの情感が微妙にゆさぶられいること…

アリステア・マクラウド「彼方なる歌に耳を澄ませよ」

見たこともない、行ったこともない異国の話なのに、どうしてこんなに懐かしいんだろう? ここに登場する人たちは、ぼくの心の奥底にある特別な感情を呼び起こす。 それは家族に対する愛、積み重ねてきた歴史への敬意、人間としての誇りなどであり、忘れがち…