読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

カズオ・イシグロ「日の名残り」

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 昔日の誇りと栄光に満ちた日々。古き良き時代の英国。

 執事という、英国伝統の神髄を描いて鮮やかな印象を残す。

 慎み深き慇懃さ、そして矜持。

 現代の我われが忘れがちなこれらの人間としての美徳を、ミスター・スティーブンスは体現してくれている。

 時にその言動は、あまりの慇懃さにより微笑をさそう。そう、執事という人たちは自分では気づいてないかもしれないが、とてもウィットにとんだユーモアの持ち主なのだ。もう、ほとんどお茶目といっていい。

 本書は、そんな愛すべき執事であるミスター・スティーブンスが過去を回想する物語である。過去を振りかえるという行為には、ノスタルジアがともなう。ミスター・スティーブンスとミス・ケントンの一触即発でありながら、繊細で抑圧された関係も読んでいて歯がゆいが、またそれが描かれる世界をそのまま映しだしていておもしろい。

 とりもなおさず、古き良き英国の真の執事を眼前にあらわしたイシグロの手腕に拍手である。