読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

デイヴィッド・ベニオフ「99999【ナインズ】」

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 数字の並んだタイトルと、メーター写真の表紙。あまりソソられる本ではない。

 しかし、これが素晴らしい短編集だった。

 本書に収録されている作品は8編。それぞれ新鮮で驚きにみちており、手をかえ品をかえ読者を飽きさせない。表題作は音楽業界を舞台に捨てる者とすがる者を鮮やかに対比させ、しかしそれをシニカルに描くでもなく、まして悲哀をこめて描くでもなく淡々と描いて静かな余韻を残す。

 次の「悪魔がオレホヴォにやってくる」は特に印象深い。舞台は紛争中のチェチェン。三人のロシア兵の若者が行軍している。やがて三人は丘の上に建つ大きな屋敷にたどり着く。まだ年若い二人の先輩兵と若年兵。彼らのかわす会話から染みでてくるリアルな戦争と若者の日常。若年兵の試練と寓話が重なりあい、忘れがたい物語へと昇華されてゆく。

 「獣化妄想」はホーバン「ボアズ=ヤキンのライオン」へのオマージュなのかと思うくらいイメージがシンクロしていた。街中をうろつくライオン。獣の匂い。日常に侵食してくる非現実的な要素が、ファンタジーめいた印象を与える。

 「幸せの裸足の少女」は、懐かしくて残酷な逸品。学生時代のひと夏の出来事が描かれ、ひとりの男の栄光と挫折が浮きぼりにされる。この短編集で二番目に好きな作品だ。

 収録作を簡単に紹介した。みな個性的で切り口の鮮やかさが際立っている。ラストの「幸運の排泄物」などはエイズに感染したゲイのカップルを描いて映画「フィラデルフィア」よりも深い感銘を与えてくれた。ようするにベタ褒めなのだ^^。こういう短編集は大好きだ。この作者も気に入った。前に長編「25時」が訳された時読み逃してしまっていたのだが、これからは注目していきたいと思う。