読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

海外文学(英米)

ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ Ⅲ」

よくやったと自分を褒めてやりたい。そう思ってしまうほどに本巻の最初の章には苦戦した。ま、そのことは追々語ることにして、とりあえず本巻に収録されている章は以下のとおり。 第二部(続) 14 太陽神の牛 15 キルケ そう、本巻に収録されている章は…

ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ Ⅱ」

ようやく第二巻読了なのである。これで丁度折り返し地点となる。あいかわらず凄まじい訳注の嵐で、あっちこっちとページを繰るのがとても忙しい。かといって訳注を見たところで、その半分も理解できなかったり、ダブリンの市街の説明だったりするからほとん…

ジェイムズ・ジョイス「ユリシーズ Ⅰ」

昔からぼくはギリシャ神話なんかに特別惹きつけられるものをもっていて、だからそれをモチーフにした文学作品にもほのかな憧れを感じていた。ジョン・バースの「キマイラ」やこのジョイスの「ユリシーズ」などはその中でもとびきり魅力を感じるタイトルであ…

マイケル・コックス「夜の真義を」

本書は体裁からして欺瞞に溢れている。19世紀のロンドンを舞台にした復讐譚。それが手記の形で発見され、ケンブリッジ大学の教授が一冊の本にまとめたのが本書というのである。本読みとしては、その体裁を見ただけで『ああ、これは信用できない語り手の話…

ミランダ・ジュライ「いちばんここに似合う人」

とにかく読んでみて。もうこの本について語るときはいきなりそう言ってしまいそうな勢いなのだ。ほんと、ここに収録されている16の短編はすべてにおいて新鮮な驚きと小憎らしいほどの可愛さと、儚い痛々しさにあふれており、触れればパチンとはじけてしま…

ウィリアム・トレヴァー「アイルランド・ストーリーズ」

ウィリアム・トレヴァーはジョイス、オコナー、ツルゲーネフ、チェーホフに連なる現代最高の短編作家と称されているそうな。名の挙がっている作家で読んだことがあるのはオコナーだけなのだが、そんな不甲斐ないぼくが読んでもトレヴァーの資質には驚嘆を通…

エマ・テナント「続 高慢と偏見」

高慢の象徴として描かれていたダーシーと結婚した偏見に凝り固まっていたエリザベスのその後が描かれている。豪華の極みのペンバリーの館での結婚生活は幸せ一杯だと思われていたのだが、エリザベスは子どもに恵まれないことで悩んでいた。そしてそれが原因…

オースティン「自負と偏見」

かつて、文豪モームが世界の十大小説に選出したこともある本書は、読んでみればなんのことはない、幾組かの男女の恋愛模様を描いた、いたってノーマルな恋愛小説だった。 1800年代の長閑なイギリスの田舎で繰り広げられるドラマは、まるでコントのように…

リチャード・ライト「ブラック・ボーイ  ある幼少期の記録」

祝福されこの世に生を受け、希望ある未来を約束されているはずの人生が、生まれたときから地獄の日々だったとしたら、いったいどうするだろう?この世に生まれたことを悔やむような人生を生きねばならないとしたら、あなたはいったいどうするだろうか? ぼく…

アラン・ベネット「やんごとなき読者」

薄い本なのですぐ読み終わってしまうのだが、なんともチャーミングな本である。だがチャーミングな部分が全面に押し出されているのではなく、そこかしこに皮肉や軽いブラックなジョークが顔をのぞかせているところが読みどころだ。 現役の英国の女王が、ある…

カズオ・イシグロ「夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」

カズオ・イシグロの短編は以前に集英社ギャラリー「世界の文学 イギリスⅣ」に収録されていた「夕餉」という作品を読んだことがあったのだが、非常に短い作品で日本の家族の食卓の風景を描いているだけなのに厳かで暗い雰囲気の横溢した作品だったと記憶して…

ポール・トーディ「イエメンで鮭釣りを」

白水社の新シリーズ『エクス・リブリス』レーベルは、独創的な世界の文学を厳選して贈るシリーズということで、第一回配本のデニス・ジョンソン「ジーザス・サン」を取るものもとりあえず読んでみたのだが、これが見事にコケてしまった。いやいや世間での評…

「フランク・オコナー短篇集」

この人はアイルランドを代表する短篇の名手ということで、何年か前に村上春樹がこの人の名を冠した短篇賞を受賞してたのが記憶に新しい。でも、ぼくはこの人の作品を読んだことがなく、単純に名前を見てフラナリー・オコナーと混同してしまうなと思ったくら…

ジャネット・ウィンターソン「灯台守の話」

ウィンターソン作品はこれで三冊目である。衝撃の出会いとなった「さくらんぼの性は」も彼女のデビュー作である「オレンジだけが果物じゃない」も、頭から煙が出てしまうくらい興奮して読んだ。それくらい彼女の作品には首ったけなのだ。 彼女の作品の魅力を…

ジュンパ・ラヒリ「見知らぬ場所」

待望のラヒリ第二短編集である。彼女の描く世界は、あまりにも普通のどこにでもあるような世界、家族や恋人たちと過ごす普段の生活であり、そこには突飛な発想も突出した奇妙な登場人物も出てこない。なのに、どこにでもあって我々も体験しているこの代わり…

ウィリアム・フォークナー「エミリーに薔薇を」

昨年の暮れの刊行から、ずっと話題になっている河出書房新社の池澤夏樹個人編集の世界文学全集なのだが、ようやくフォークナーの「アブサロム、アブサロム!」が刊行されることとなった。この難解といわれて久しいフォークナーの『ヨクナパトウファ・サーガ…

アラスター・グレイ「哀れなるものたち」

先頃、著者の処女長編である「ラナーク 四巻からなる伝記」が刊行され、ぼくも熱狂して購入したまではよかったが、いまだ手をつけるに至ってない。そうこうしてるうちに驚いたことに続けざまに本書が刊行され、こちらの方が手軽に読めそうだと判断して読んで…

スカーレット・トマス「Y氏の終わり」

「本が好き!」の献本第14弾。 なんとも形容に困る小説だ。出版社の紹介によれば『ミステリの興奮、SFの思索、ファンタジイの想像力――イギリスの新鋭作家によるジャンルを越えた話題作』ということなのだが、これは当たっているともいえるし的外れだとも…

アーサー・ブラッドフォード「世界の涯まで犬たちと」

本作の感想にはいるまえに、今日『このミス』をパラパラ見てきたのでその感想を少し。 注目したのは『わが社の隠し玉』のコーナー。どうやら来春にはフロスト警部にまた会えるらしい。これはうれしい情報だ。なんせ前回の「夜のフロスト」が刊行されたのが2…

キャスリン・ハリソン「キス」

翻訳物好きにはたまらない海外文学の秀作を精力的に紹介してくれている新潮のクレスト・ブックスの第一弾が本書とE・F・ハンセン「旅の終わりの音楽」だった。 のちに続く魅力ある作品群の先陣をきって刊行された本書は、しかし扱っているテーマのアンモラ…

イーユン・リー「千年の祈り」

クレストブックスの最新刊は、中国出身の新鋭イーユン・リーの短編集だ。向こうでは『もっとも有望な若手アメリカ作家』に選出されたりして、すごく話題になっているらしい。こういう異文化圏から進出して母国語ではなく英語で作品を書く作家には特に注目し…

ジュディ・バドニッツ「空中スキップ」

もう、こういう話が大好きだ。やっぱりアメリカの女流作家はおもしろい。本書には23篇の短編がおさめられている。各編は5、6ページと、とても短いのだが読み応えは充分。 バドニッツの描く世界は、そのまま夢の世界である。奇妙で、残酷で、とても刺激的…

ジョナサン・フランゼン「コレクションズ」

タイトルの「コレクションズ」とは、修正のこと。 現代アメリカの縮図として描かれる一つの家族。内包された小宇宙ともいうべきその縮図の中で、家族はそれぞれ悩みを抱え、鬱屈と倦怠にまみれながらも精一杯生きている。 こう書けば、小難しい印象を受ける…

ゲイル アンダーソン=ダーガッツ 「 雷にうたれて死んだ人を生き返らせるには」

第二次大戦下のカナダ西部の農場を舞台にした物語ということで、『大草原の小さな家』みたいな牧歌的な、やさしい物語なのかなと思って読んでみたら、とんでもない。本書は、なかなか異質な家族の物語でした。 主人公であるべスの十五歳から十六歳にかけての…

ジュリー・オリンジャー「溺れる人魚たち」

海外、特にアメリカの女流作家の短編集が結構好きだったりする。『アメリカの悲劇』を独特の筆勢であぶりだす「銀の水」のエイミー・ブルームや、奇妙で非現実な設定を用いながらも、そこに厳しい現実に晒され孤独に陥る少女たちを見事に活写した「燃えるス…

サラ・ウォーターズ「夜愁」

「本が好き!」の献本第6弾。 サラ・ウォーターズの本は初めてである。話題になっていた「半身」も「荊の城」もなんとなく読まずにきてしまった。でも、本書を読んでかなり焦ってしまった。やっぱり読んでおくべきだったのだ。 本書には、そう思わせるだけ…

イアン・マキューアン「セメント・ガーデン」

原書が刊行されたのが1978年。その翻訳が出たのが2000年である。この間20年以上のひらきがあるのはなぜだろう?その一因にはマキューアンのわが国内での認知度という問題もあったろうし、出版社の事情もあるかもしれないのだが、一番の要因はやは…

トルーマン・カポーティ「誕生日の子どもたち」

カポーティといえば忘れられない映画がある。ぼくの大好きな映画なのだが、そこで素晴らしいハイテンションでもって怪演していた彼の姿が忘れられないのだ。 その映画とは1976年に公開された「名探偵登場」である。これがなかなか楽しい映画で、ミステリ…

ウィリアム・トレヴァー「聖母の贈り物」

ジョイス、オコナー、ツルゲーネフ、チェーホフに連なる現代最高の短編作家とは、最大級の賛辞ではないか。どんなに凄い作品を書いているんだと少々身構えてしまう。しかし、これが読んでみるとすごく取っつきやすく、読みやすい。 トレヴァーの描く世界は至…

フラナリー・オコナー「オコナー短編集」

フラナリー・オコナーはアメリカ南部に住み、フォークナーに代表される南部特有の黒人差別、理不尽な暴力、神の存在意義などを固執した宗教観をからめて描き一時代を築いた短編の名手である。 彼女は生まれもっての障害者でもあり、39歳という若さでこの世…