読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2008-01-01から1年間の記事一覧

ロバート・エリス「ロミオ」

「本が好き!」の献本である。 ちょっとまって、みなさん。この表紙を見て、ダメだこりゃと思ったあなたも、ちょっと待っていただきたい。この、いかにもロマンスミステリっぽい表紙は、ここにこられるすれっからしのミステリマニアの方々には、まず手にとる…

皆川博子「蝶」

凄まじい短編集だ。もうこの一語に尽きる。薄くてすぐに読めてしまう本なのに、世界が変わり確実に自分の中に重くずっしりしたものが沈殿していくのがわかった。 本書に収められている短編は、すべて詩句にインスパイアされている。もともとぼくは詩句には疎…

古本購入記 2008年7月度

みなさんもご存知のとおり、7月は先月に続いて皆川博子熱狂マンスリーとなっていたので、自然彼女の 本をたくさん購入することとなった。もう、紹介済みの本もあるしこれから読む本もあるが古本で9冊7 作品。新刊本で2作品購入。まさしく憑かれたように…

皆川博子「聖女の島」

なんとも不思議な感触の幻想ミステリだ。本書を読む者は、始終言い知れない『歪み』を感じることになる。まさしく本書は『信用できない語り手』の物語なのだ。なのに一見したところでは、その不安の正体が見定められないようになっている。そしてラスト、凄…

今野敏「果断 隠蔽捜査2」

というわけで、すぐ読んじゃったんだなこれが。いままでのぼくなら、こういう読み方はしなかったのだが、ここんとこ皆川熱にとりつかれて、なんだかぼくの性向も変化してきたらしい。とてもフットワークが軽くなってきたのである。 で、ウキウキと本書に取り…

諸田玲子「犬吉」

綱吉の発布した生類憐れみの令は、彼が麻疹に罹って死ぬまでの24年間にわたり庶民を苦しめ続けた。 あまりにも尋常でないこの悪法は、綱吉が戌年ゆえにとりわけ犬を大切にしなければいけないということで現在の中野区に総面積27万坪に及ばんとする御囲を…

「皆川熱にとりつかれて買っちゃいました!」

さて、ここんとこ好き好き大好き超愛してる状態の皆川博子様なのだが、もう、どうしたらいいのってく らいの熱狂ぶりに自分でも驚いている。この歳になって、まるでアイドルを追っかける直情なファンその ものの上せぶりが我ながらおかしい。でも、この感情…

皆川博子「ジャムの真昼」

一人の作家を集中していちどきに読むなんてこと、ここ二十年くらいなかったことである。ほんと、ホームズシリーズを軒並み読んだ時以来のことなのだ。この歳になって、こんなに夢中になれる作家が出現するなんて思いもしなかった。皆川博子とは、それぐらい…

引き出しを開けると虫がいた。それも見たことのない虫だった。ぽってり膨らんだ茶色い腹は、フイゴの ように激しく伸縮し、透明な羽の下にみえる胸部は茶色い毛に覆われ、禍々しい雰囲気を強調している。 表情のない硬質な目は黒く鈍く光っており、まるでこ…

皆川博子「伯林蠟人形館」

本書は非常に高度な小説である。何が高度かといえば、読者の頭を使わせるという意味ですこぶる高度な本なのである。では、それがいったいどういうことなのかということを説明したいと思う。 本書で描かれる舞台は第一次大戦からヒットラー台頭までの混乱をき…

今野敏「隠蔽捜査」

この人、最近めきめきと頭角あらわしてきてませんか。というわけで遅れてならじとあわててこの評判のいい警察小説を読んでみたというわけ。といっても文庫落ちだからすでに遅れをとってるんだけどね。 で、感想なのだがこれが評判に違わず良かった。読み始め…

金城一紀「映画篇」

これタイトルからは内容がわからないので、ほんと読んでみるまで雲をつかむような感じだったのだが、 二話目の「ドラゴン怒りの鉄拳」に突入したあたりから仕組みが見えてきて、興が乗りだした。 扉絵に手書き風のヘップバーンが描かれている『ローマの休日…

古本購入記 2008年6月度

梅の季節なので、またもや梅ジュース作っちゃいました。これ飲んでると不思議と灼熱の夏でもバテずに 乗り越えられるんだよね。自然の力って凄いなぁ。 というわけで、先月分の古本購入記なのだが、またまた性懲りもなく大量に買ってしまいました。 数えてみ…

桜奇変

四月になれば今日子は 床に手を伏す蝶のように 急かれて、焦がれて、試されて 同じ境遇には落ち着かず ああ、なにもかもが煩わしい 目をやる親は、真紅の今宵 月が溶け出し、涙やむ 神社の裏に積もる死は はだけた着物の裾模様 落ち着かず、落ち着かず おま…

多島斗志之「少年たちのおだやかな日々」

本屋をブラブラしていたら、普段あまり見向きもしない双葉文庫の棚の前に平積みになっていたのが本書だった。その節操のないオビの文句に目を惹きつけられてしまった。手にとって裏返してみたら、裏の文句はさらに扇情的。『怖い!イタい!後味最悪!・・・…

ウィリアム・フォークナー「エミリーに薔薇を」

昨年の暮れの刊行から、ずっと話題になっている河出書房新社の池澤夏樹個人編集の世界文学全集なのだが、ようやくフォークナーの「アブサロム、アブサロム!」が刊行されることとなった。この難解といわれて久しいフォークナーの『ヨクナパトウファ・サーガ…

吉田修一「長崎乱楽坂」

この人は「悪人」で大いに化けた人だ。最近出た「さよなら渓谷」もまたリーダビリティに優れた本のよ うで、すごくソソられる。そんな著者の幼き日が反映されていると思わしき本書もまたリーダビリティに 優れた本で、一旦読み出したらグイグイ引っぱられて…

フィリップ・グランベール「ある秘密」

本書もキャスリン・ハリソンの「キス」と同様に事実に則した話であり、家族の間に横たわる暗い秘密を暴露するという非常に切実で胸の痛い内容となっている。まず驚いたのが第二次大戦当時、フランスでもユダヤ人狩りが行われていたという事実だ。不勉強にも…

皆川博子「猫舌男爵」

皆川博子の本を読むのはこれが初めてなのだが、いっぺんでファンになってしまった。本書には五編の短篇が収録されているのだが、どれもが素晴らしかった。 巻頭の「水葬楽」はSF仕立ての作品。多くのキーワードが散りばめられ、それが効果的に配されたボー…

インスマウスのダゴンおっさん

「おひょんなことになりましたな」 見知らぬおっさんは、何気なく声をかけてきた。 おひょん?聞き間違いか?いや、このおっさんは確かに『おひょん』と言ったぞ。 「えと、すいません。なんておっしゃいました?かき氷の音がうるさくて、聞き取れなかったん…

山口雅也「キッド・ピストルズの最低の帰還」

もうこのシリーズの新刊は読むことはないだろうと半ばあきらめかけていたキッド・ピストルズが最低の帰還を果たした。といっても、こちらは江神シリーズより少し短い13年というブランクだったのだが。 山口雅也=キッド・ピストルズという図式が刷り込まれ…

荒巻義雄「神聖代」

これはなんとも形容しがたい物語だ。いってみれば、大いなる空想のもと自由闊達に描かれたお遍路の話とでもいおうか。解説では筒井康隆が『巡礼』と形容しているが、まさにそのとおり。でも、ぼく的には西国八十八箇所巡りしているお遍路さんの姿が妙にだぶ…

ブッツァーティ「神を見た犬」

巷で話題になった、この光文社古典新訳文庫の初読み作品は本書「神を見た犬」となった。 ブッツァーティといえば、以前「待っていたのは」という短編集を読んで大変感心したのだが、本書はイマイチ乗れなかった。 本書に収められている作品の多くに、奇想作…

ピーター・ディッキンソン「ザ・ロープメイカー 伝説を継ぐ者」

ディッキンソンの描くファンタジーには、いつも驚かされてきた。 二十万年前のアフリカを舞台に人類の祖である原始の人々を主人公に血湧き肉躍る冒険を描いた「血族の物語」や、旧約聖書の世界を口承として伝えられる場面を描いた野心作「聖書伝説物語―楽園…

古本購入記 2008年5月度

今月は、また結構買ってしまった。29冊だって。また調子に乗ったものだ。でも、今月はなかなかいい のが手に入ったので、正直いつもより満足している。では、いつものごとく書き出してみよう。 1 「タフの方舟1」 J・R・R・マーティン 2 「天使の鬱…

荒野の部屋

さみしさの匂いを消してください どうしてもぼくのところまで届いてしまうのです あなたのさみしさは、悲しみの奔流となってぼくを包み込んでしまう 息をするのも苦しいくらいに、ぼくを包み込んでしまう だから、さみしさの匂いは消してください 笑顔の消え…

読書の愉楽(続・続・続・続・続・続)

いままで本を読んでいて、寝食を忘れるくらいのめり込んで読んだ本というのは数えるほどしかない。 一番最初に経験したのが高校のときに読んだ山田風太郎「魔界転生」だ。これを、あまたある忍法帖のベスト1に挙げる人も多いように(事実、ぼく自身も過去に…

記憶の襞

凪の辻に向かって記憶を辿ってきた道は、曖昧さと困惑を微妙にブレンドした重石を心にのせて歩く苦難 の道だった。踏みしめる道の表面は粗く割られた土器の破片が敷きつめられている。炎天下の暑気にやら れて隣りを歩くオッチも今にも倒れそうだ。 少し先に…

野村美月「文学少女と月花を孕く水妖」

もう最終巻が出てしまったこの文学少女シリーズ。これはいけないとあわてて本書を読んでみたのだが、 本作は時系列的には第二巻のあとの話となる。ここへきてどうして過去に戻るのか?ここで語られるのは 学園の女王である姫倉麻貴の血族の歴史である。いま…

鏡明「不確定世界の探偵物語」

たった一台のタイムマシンによって改変されていく世界。過去に干渉することによって、いきなり目の前の人が別人になったり、風景が変わってしまったりする驚異の世界。ワンダーマシンとよばれるその装置を所有し、世界を掌中にする男の名はエドワード・ブラ…