読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

キミ・カニンガム・グラント「この密やかな森の奥で」

この密やかな森の奥で (二見文庫 グ 11-1)

 本書の巻末に作者のおすすめ本が載っている。本書を気に入った人は、これも読めばきっと気にいりますよとの作者からのメッセージだ。未翻訳のものもあってちょっともどかしいが、この巻末に載っている本のタイトルを見て、それを読んだことがある読者なら『ああ、そういう感じなんだな』と本書の傾向を見当できる。

 斯様に、本書の作者はやさしい人柄なのである。本書を読んでいる間、そのやさしさがずっと邪魔をしていた。様々な岐路につらなる選択が何回か描かれる。自分ならどうするか?考えても決して答えはでてこない。主人公であるクーパーの選んだ道は尊くなにものにも代え難いものだったが、イバラの道でもあった。贖うという言葉には二つの意味合いがあるが、クーパーの選択は、その二つをなぞらえるものだった。とてもおもしろく、先へと読ませる物語だが、すべての配置がピタっと収まっているわけではない。クーパーのリフレクションが数多く描かれるゆえ、本書をハードボイルドと位置づけしているみたいだが、ぼくはそうは思わない。予定調和というか、御都合主義というか、常に物語全体を覆っている作者の温かい目が、サスペンスを盛り下げ、必要ない安心感を与えてくれる。

 クーパーは、アフガニスタンからの帰還兵で、数年前に起こしたある事件から逃げて山奥のキャビンで一人娘のフィンチと自給自足の生活をしている。だから、世間から完全に身を隠している状態だ。年に一度(年に一度!!!)、同じ帰還兵で親友のジェイクが補給物資を届けてくれることになっている。交流は、このジェイクと隣人だという詮索好きで少し怪しいスコットランドという男だけ。

 いまでもアメリカの田舎では、このような自給自足の生活をしている人はいるだろう。自然と生き物に詳しく、文明から隔絶された生活。クーパーとフィンチは、そういうわれわれから見ればとても不便な生活を、しかし謳歌して楽しく幸せに暮らしているのである。その二人と時々隣人の静かな生活の中に不穏な出来事が起こりはじめる。 

 先にも書いたとおり、ぼくは本書をハードボイルドだとは感じなかった。温かい目は始終注がれていて、そういう安心して読める物語が好きな人には、いいかもしれない。文体もとても細やかでやさしい(何箇所か誤植があったのが気になったが)もので、文体からいえば、ジュンパ・ラヒリのほうがよほどハードボイルドだと思うのである。最後は、そういう風におさまるだろうなと思っている着地点であり、またそれが不満でもあった。次が出ても、もういいかな。