読書の愉楽

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鏡明「不確定世界の探偵物語」

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 たった一台のタイムマシンによって改変されていく世界。過去に干渉することによって、いきなり目の前の人が別人になったり、風景が変わってしまったりする驚異の世界。ワンダーマシンとよばれるその装置を所有し、世界を掌中にする男の名はエドワード・ブライス。彼の経歴は謎に包まれているのだが、世に知られるようになったころには,政府も手出しできないほどの富と権力を手にしていた。

 主人公であるノーマン・T・ギブスンは私立探偵。彼はブライスから依頼を受けて、誰かが操作しているもう一台のワンダーマシンについて調査をすることになる。

 いったい現在が変わり続ける世界で探偵物語が成立するものなのか?現に、本書で描かれる事件の中には依頼人が突然目の前で別人に異化したり、シリアル・キラーに殺害された五人の被害者が生き返ってしまったり、死亡したはずの人物がまた現れたりと、ほとんどなんでもありの状況なのだ。

 全八話それぞれ手を変え品を変え、様々な状況で尋常でない事件が語られる。しかし、そこにミステリ的な興趣はない。ハードボイルド・ミステリとしての体裁は保っているが、サプライズは希薄だ。

 だが、センス・オブ・ワンダーとしてのおもしろさはかなりなもので、まず、時間SFとしての必須項目であるタイムパラドックスが活かされないという点が素晴らしい。これは『あとがき』でも書かれていることなのだが、そもそもの出発点が規則を破ることだったというのである。SFをSFに縛りつけている無数の制約からの解放。だから、過去を変えて現在を改変する世界という時間SFの制約を逆手にとった物語が生まれたのだ。

 ひとつの試みとして本書は一読に値する。誰も思いつかなかった奇妙な世界での探偵物語。空前にして絶後の時間SF。ミステリとしては弱いかもしれないが、これはこれでおもしろかった。