読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

吉田修一「長崎乱楽坂」

イメージ 1

この人は「悪人」で大いに化けた人だ。最近出た「さよなら渓谷」もまたリーダビリティに優れた本のよ

うで、すごくソソられる。そんな著者の幼き日が反映されていると思わしき本書もまたリーダビリティに

優れた本で、一旦読み出したらグイグイ引っぱられて、おもわずラストまで一気読みしてしまった。

本書で描かれるのは古き良き時代の長崎。主人公である小学生一年の駿は父を造船所の鋼板落下事故で亡

くし、母千鶴、弟悠太と共に母の実家である三村の家に住んでいる。この三村の家には年老いた父母と千

鶴の兄文治がおり、普通の家と違っているのは文治を兄貴と慕う人面獣心の荒くれどもが多く出入りして

いるという点だ。毎夜催される男たちの酒盛り。堅気ではない、危険な匂いを発散させる男たちとの日々

の暮らしは駿や悠太の成長に大きく関わっていく。

本書は六つの短篇で構成されている連作長編だ。短篇ごとに駿は様々な体験をし、成長していく。ここで

物語に大きく関わってくるのが、実家にある離れの存在だ。この三村の家にある離れには過去、数多くの

淫蕩な歴史が刻まれており、それはいまでも続いている。千鶴の父母が5人の子を授かったのもこの離れ

だし、三村に出入りする男たちが女を連れ込むのもみなこの離れなのである。だが、駿はここで以前に首

吊り自殺をした叔父である哲也の幽霊の声を聞く。この叔父である哲也の影が始終駿に付きまとう。

だが、毎日が祭りのようだった三村の家も時が経つにつれて、灯火が消えるがごとく没落の一途を辿る。

かつての栄光といまの没落が鮮やかに反転し、読むものに郷愁に似た感情を呼び覚ます。

先にも書いたように、本書は六つの短篇で構成されている。それぞれの短篇での出来事は答えを見ぬまま

次の短篇につなげられていく。これの効果がもっともよくあらわれているのが第五話と最終話の連結部。

第五話「駿と幽霊」では高ニで中退した駿がアルバイトをし金を貯め、幼馴染である梨花と一緒に長崎を

出て東京に行こうとしているところで話が終わる。しかし最終話である「悠太と離れの男たち」では長崎

に留まり続ける駿の姿が描かれる。駿と梨花の間にどんなことがあったのかは語られない。駿は長崎を出

ず、仕事もせず世捨て人のような生活を送っているのだ。

このあたりの処理の仕方は賛否の分かれるところかもしれないが、ぼくには新鮮だった。想像にお任せし

ますという描き方はあまり好きではないのだが、本書に限ってはそれが逆にいい効果をだしている。

非常に短い作品でもありすぐ読めてしまうのだが、残るものは多い。ぼくはこういう作品嫌いじゃない。

これからも、この人の本はどんどん読んでいこうと思った。