読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2008-01-01から1年間の記事一覧

仁木悦子「冷えきった街」

本書は、仁木悦子が創造したハードボイルド小説の主人公三影潤が登場する唯一の長編である。なんてえらそうなこといって、ぼく自身仁木作品を読むのは本書が初めて^^。本来なら、デビュー作となった江戸川乱歩賞受賞作の「猫は知っていた」から紐解くべき…

中田永一「百瀬、こっちを向いて。」

本書が静かな話題を呼んでいるらしいと知って、急いで読んでみた。あの北上次郎氏も絶賛してるみたい なので、気になったのだ。本書は短編集であって、4編収録されている。収録作は以下のとおり。 「百瀬、こっちを向いて。」 「なみうちぎわ」 「キャベツ…

豊島ミホ「東京・地震・たんぽぽ」

昨年本書が刊行されたときに読みたいなぁと強く思ったにも関わらず、本屋においてなかったという理由 で今まで読まずにきた本である。豊島ミホの本は本書が初めてだったのだが、なかなかよかった。 本書で描かれるのは、地震に遭遇した様々な人々のドラマで…

コニー・ウィリス「マーブル・アーチの風」

まえに「最後のウィネベーゴ」を読んで、コニー・ウィリスの小説巧者としての技量に心底から惚れこんだのだが、やはり彼女は素晴らしい。本書もまた期待を裏切らない出来の短編集だった。 本書に収録されているのは以下の5篇。 「白亜紀後期にて」 「ニュー…

対面幽霊

その幽霊が近づいてきたとき、カシューナッツの香りがした。幽霊は、未練がましい目でぼくを見据えて こう言った。 「友人に去られて三十年。竹が伸びたら、もう三十年。あわせて六十、あとは野となれ山となれ」 わけがわからない。まったく理解不能だ。だか…

皆川博子「倒立する塔の殺人」

戦時下のミッションスクールを舞台に描かれる女の園での不可解な事件。「ああ、おねえさま」という世界が描かれているがそこにエロティックな要素はなく、むしろ無味無臭の健全な印象を与える。 驚くのは、その緻密な入れ子構造だ。作中作だけではなく、まだ…

乾ルカ「夏光」

おいおいおい!この作家凄いよ!べるさんの記事で→乾ルカ/「夏光」/文藝春秋刊知ったんだけど読んでびっくり、こりゃこのあいだ読んだ湊かなえ「告白」よりも数段上をいく短編集だ。最近知った新人の中では一番じゃなかろうか。 と、柄にもなく興奮しちゃっ…

R・D・ウィングフィールド「フロスト気質(上下)」

前回の「夜のフロスト」が刊行されたのが7年前。本書の原書が刊行されたのは13年前だ。ということは、「夜のフロスト」が翻訳刊行されたときには、もうすでに本国イギリスでは本書は刊行されていて、あまつさえ次のシリーズ5作目までもが書店に並んでい…

盲目の男に追いかけられて

目の見えない男に追いかけられている。全速力で逃げているのに、相手はまるで見えているかのように追 いかけてくる。狭い路地を右に左に曲がり、高い塀を飛び越えたりして障害をはさんでいるにも関わらず 奴はその都度障害をくぐりぬけぼくの背後にぴったり…

飛鳥部勝則「堕天使拷問刑」

ほんと久しぶりの飛鳥部作品だ。だって、デビュー作以来なんだもの。ブログ仲間内でキワモノのBミスだなんて皆から絶賛されていて、気になって仕方なかったので読んでみました^^。 この背徳的で凄惨な印象を与えるタイトルとは裏腹に、内容はいたってノー…

古本購入記 2008年9月度

うちの実家にある柿の木に実ってる柿を食べてみたら、しゃりしゃりしてて結構甘くなっていた。もう、 そんな季節なのだなぁ。本当の食べ頃は、もう少しあとなのだろうけど、ついこの間まで暑い暑いとい ていたのに、季節の移り変わりってはやいよね。気がつ…

象と洞窟と女と男

王冠をつけた象は、ヘリンボーンの柄だった。黄色い空に架かる大きな橋は、まるで地球を制圧する巨大 宇宙船のようで、正直ぼくは怖かった。目の前にやってきた象は、器用に片目を瞑ってウィンクしながら 鼻先を丸めてぼくの足元に差し出した。 「これに乗れ…

つか こうへい「スター誕生」

つか こうへいといえば、やはりぼくは映画が真っ先に思い浮かぶのである。先にもちょっと書いたが、 1985年に製作された「二代目はクリスチャン」は映画館で観たのだが、これがかなりおもしろかった のでいまだに記憶に残っている。ちなみにこの時同時上…

皆川博子「鳥少年」

本短編集には十三の短編が収録されている。タイトルは以下の通り。 「火焔樹の下で」 「卵」 「血浴み」 「指」 「黒蝶」 「密室遊戯」 「坩堝」 「サイレント・ナイト」 「魔女」 「緑金譜」 「滝姫」 「ゆびきり」 「鳥少年」 相も変わらず、捩れてクール…

ローラ・ウィルソン「千の嘘」

「本が好き!」の献本である。 本書の解説の冒頭で千街昌之が警告している。『本書は、血のつながった家族のあいだで行われた虐待とそれを発端として十数年後まで尾を引く悲劇の物語である。読者には、この地獄から目を背けない覚悟が必要とされる』と。しか…

太陽戦

信号待ちしてると夜が黒いミルクのように溶けだして、怒りに身を任せた太陽がグングン伸び上がってきた。ブンブン手を振り回してナリフリ構わぬ怒りよう。見ていて身の危険を感じるほどだったが、太陽が身につけている大きなヘッドフォンからもれ聞こえるビ…

湊かなえ「告白」

タッチは軽いが、なかなかヘヴィな読み応えだ。冒頭いきなり牛乳が出てくるので面食らっていると、どうやら女教師の演説なんだなとわかってくる。中学一年の終業式に担任の教師が教壇の上から生徒たちに一席ぶっているのである。でも、その内容がちょっとお…

古本購入記 2008年8月度

さて、ちょっと遅くなったが恒例の古本購入記である。先月はいつもよりおとなしくて17冊16作品だ った。 久しぶりに買ったのが京極夏彦「巷説百物語」。この人の本は「狂骨の夢」を読んだっきり一冊も読んで ないのだが、この本は短編集みたいなので読み…

宮部みゆき「あやし」

夏だから怪談だということで、車中本として暑い盛りに読んでいたのをようやく読了した。で、記事を書くころには夏も終わりになっちゃったというわけ。去年もこんなことしてたような気がする。ま、とりもなおさず久しぶりの宮部本である。もう何年ぶりだろう…

夢枕獏 他「てめえらそこをどきやがれ!」

ようやく、このめずらしい本を読んだ。刊行されたのは、もう二十年も前なのだ。かなり古いな。 ところで、ここに収録されている作品は夢枕獏以外はこの本でしか読めないんじゃないだろうか?よくわからないが、ぼくが知ってるかぎりではそのはずである。夢枕…

優子ちゃん

ベランダで洗濯物を干していると、突風が吹いて持っていたTシャツが飛んでいってしまった。まだ水に濡れて重たいTシャツは、いきおいよく落下していく。目で追うおれは気もそぞろ。なぜなら、3時に優子ちゃんがウチにくることになっているからだ。 なにし…

原田宗典「あるべき場所」

原田宗典の作品はユーモラスなのがあるかと思えば、非常に鋭く怖い作品もあるから侮れない。 本書には五編の短編が収録されている。それでいて総ページ数が190ページほどなのだから、各編とて も短い。収録作は以下のとおり。 「空室なし」 「北へ帰る」 …

皆川博子「結ぶ」

『そこは縫わないでと頼んだのに、縫われてしまった』 これは、本短編集の表題作である「結ぶ」の出だしなのだが、なんとも衝撃的な一行である。縫う?そこってどこ?読者の心を鷲掴みにするという意味で、これほどインパクトのある出だしをぼくは他に知らな…

皆川博子「絵双紙妖綺譚  朱鱗の家」

本書は文庫になっている。角川ホラー文庫で「うろこの家」として刊行された。いまでは品切れみたいだが^^。もっとも近々の刊行では「皆川博子作品精華 伝奇―時代小説編」にあのデビュー作の「海と十字架」と一緒に収録されている。だがこの作品は、この単…

わらべ唄幻想

おれがお前の お前がおれの 首筋に刃をあてて 千寿祝いは亀の旗幟 やがて祀ろう英霊は 夕の空へ軍靴響かせ おれがお前の お前がおれの 刃を引けば すなどる人の浅ましさ 宇部に風たつ周防灘 ゆかり哀しき姫囲い おれがお前に お前がおれに たぎる血潮をふり…

皆川博子「あの紫は  わらべ唄幻想」

1994年に実業之日本社から刊行されている短編集である。いまさらながらなのだが、どうしてこれが文庫化されてないのだろう。こんなに素晴らしい短編集なのに。 副題にもあるとおり、本短編集のコンセプトはわらべ唄。いつもいつも感心するのだが、よくこ…

高井忍「漂流巌流島」

ミステリ・フロンティアの最新刊である。これはちょっと興味を惹かれたので読んでみた。こういう歴史の真実を暴くという主題のミステリは過去にも沢山あって、みなさんもご存知のとおり「時の娘」「邪馬台国の秘密」などの傑作も数多く書かれているし、記憶…

リチャード・プライス「聖者は口を閉ざす」

本書で描かれるのは、善行の意味である。本書のエピグラフに「マタイによる福音書」が引用されているのだが、そこにはこんなことが書かれている。ちょっと長いが書き出してみよう。 「見てもらおうとして、人の前で善行をしないように注意しなさい。さもない…

マジックマン

不惑を過ぎた頃から、山味東五郎は左足に違和感を覚えるようになった。 歩いているときに、踵のあたりに鈍痛を感じるのである。しかし、それは常時ではなく、どうしたはずみか決まって首を右に曲げた拍子になるのである。まさか首と左足の踵が連動しているな…

戸川昌子「透明女」

戸川昌子といえば、まがりなりにも「大いなる幻影」で江戸川乱歩賞を受賞した才人である。といってもぼくはいまだに「大いなる幻影」も「猟人日記」も「火の接吻」も読んだことがないのだが、もしかしてこれは読む順番を間違えたかな?ね、そうでしょ、もね…