読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

諸田玲子「犬吉」

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 綱吉の発布した生類憐れみの令は、彼が麻疹に罹って死ぬまでの24年間にわたり庶民を苦しめ続けた。

 あまりにも尋常でないこの悪法は、綱吉が戌年ゆえにとりわけ犬を大切にしなければいけないということで現在の中野区に総面積27万坪に及ばんとする御囲を建設し、最盛期にはそこに10万匹の犬を集めて保護したという。

 本書は、そんな御囲に流れ着いたお吉が遭遇する一夜の狂乱劇を描いている。この綱吉の時代には、もう一つ誰もが知っている超有名な事件が起こる。そう、赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件だ。

 本書を読んでいておもしろかったのは、この討ち入りがあった日の庶民の反応がつぶさに描かれているところだ。あれほどの大事件がどういう風に広まって、どういう風に受け入れられたのか。本書では、そこらへんの綾が巧みに物語の中で描かれているのである。

 そして、そのフィーバーぶりが更に事件を引き起こす。お吉が巻き込まれるこの血腥い事件は、なかなかサスペンスにとんだ展開をみせてハラハラさせてくれる。その中で描かれるお吉の淡い恋心。

 廓で生を受け、旗本奴に買い取られ、果てはその家が取り潰しになり身を持ち崩して御囲に流れついたお吉は、いまでは犬の世話をするかたわら夜は客をとって日銭を稼ぐ売女だ。いってみれば最下層の女だ。

 そんな彼女が、御囲に詰めているお侍に惚れてしまう。いわば、身分違いの大それた恋。本来なら成就はおろか、そんな思いを抱くことすらいけないことである。

 狂気の一夜にこのかなわぬ恋心が乗っかって、さてお吉の運命や如何に?

 だが、ひとつ不満だったのが本書の描かれ方なのだ。本書はお吉の一人称で描かれるのだが、それが鼻につく。演歌調で語られるお吉のモノローグはぼくには合わなかった。残念なことである。