読書の愉楽

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皆川博子「ジャムの真昼」

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 一人の作家を集中していちどきに読むなんてこと、ここ二十年くらいなかったことである。ほんと、ホームズシリーズを軒並み読んだ時以来のことなのだ。この歳になって、こんなに夢中になれる作家が出現するなんて思いもしなかった。皆川博子とは、それぐらい素晴らしい作家なのである。

 というわけで、こんどはまた短編集を読んでみた。本書には七つの短編が収録されている。タイトルは以下のとおり。

 「森の娘」

 「夜のポーター」

 「ジャムの真昼」

 「おまえの部屋」

 「水の女

 「光る輪」

 「少女戴冠」

 それぞれの短編が写真や絵画からインスピレーションを得て書かれているのが特徴である。各短編の扉にその写真や絵が配されているのだが、これがどれもいかにも物語を内包していそうな作品ばかりで、作者の慧眼におそれいるばかりである。

 なかでもラストの「少女戴冠」に配されている写真のインパクトは絶大だ。セピア基調のシックな画面の中に一人の裸の少女が手鏡を手にして映っている。しかし、座している少女の左手は肘のあたりで潰え、その下の乳房もない。そちら側は腹から腰にかけてケロイド状に爛れ、左足も膝から下は義足である。

 だが、手鏡を見る少女の横顔は凛として美しい。美と醜の対比によって、どちらもが強調されて頭を殴られたかのような衝撃を与える写真である。この写真から紡がれた物語は他の短編とは少し趣きを異にしている。作者自身が登場し、ニューヨークで体験する不思議な物語が語られる。そこには救いがあり、魂の交歓が描かれる。素敵な作品だ。

 他の短編も、皆川作品特有の読む者に媚びない硬質な作品ばかりで、その潔い書きっぷりにまたまた惚れ込んでしまった。本来なら明らかにされるはずの舞台設定や状況説明が省かれた短い物語は、それゆえに鮮やかに切りとられ、それぞれが印象深い。ラストで意外などんでんがある作品もあり、楽しめた。

 本書も文庫になってないようだが、これは単行本で所有したい一冊である。

 しかし、注目するようになってこの作者の扱いに疑問をもつことが多いのだが、これだけ素晴らしい作家なのにどうして書店に本がないのだろう?特異ゆえに売れ筋ではないから、商業ベースにのらないということか。なんとも悲しいことである。