「おひょんなことになりましたな」
見知らぬおっさんは、何気なく声をかけてきた。
おひょん?聞き間違いか?いや、このおっさんは確かに『おひょん』と言ったぞ。
「えと、すいません。なんておっしゃいました?かき氷の音がうるさくて、聞き取れなかったんで」
確かにかき氷を作る音はゴシュゴシュとうるさかったが、話し声が聞き取れないほどではない。でも、こう言うしかないではないか。
「いや、たいしたことないんですが、ぷりぼつんでみたらどうかと思ったもので」
は?いまなんて言った?ぷりぼつんで?確かそう言ったよな?
「ごめんなさい。また聞こえなかったんですが、ぷり?ぷりなんておっしゃいました?」
耳がおかしくなったのか?それともやっぱりこのおっさんがおかしいのか?
「ぬしさんとべっからして、ういとまることないかなって聞いたんですよ」
あまりにも奇妙な体験をすると、思考が停止するってのは本当だ。ぼくは、しばらく息をするのも忘れておっさんを見つめていたらしい。穏かな顔をしていたおっさんの眉間にシワがよって、だんだんと険しくなってきたところをみると、かなり長い間フリーズしていたみたいだ。
「そ、そ、そうだったんですか。あれ?雨降ってきたのかな?おや、こりゃ、急がなきゃいけないな」
とにかくその場から遠ざかりたかったので、ぼくは急いで息子の手を引っぱって、海の家を飛び出した。
もちろん、雨など降る気配もない。素晴らしく晴れわたった夏の午後だ。
「ねえ、どうして氷もらわず出てきたん?」
息子が半分泣きそうな顔で、訴えた。
「いや、ごめんな、なんかようわからんけど、つい出てしもた。はは、おかしいな」
しどろもどろで言い訳してると、さっきのおっさんも海の家を飛び出して、かき氷のカップを二つ持ったままこちらに向かって駆けてきた。
「しろとまてー。くしぶらい、だずめきやー」
また、わけのわからないこと叫んでいる。生臭い風が吹いてきた。恐ろしくなったぼくは、息子の手を引っぱって駆け出した。奴はダゴンか?どうしてこんなに恐怖を感じるのだろう?
はやく逃げたいのに、うまく身体が動かない。ど・う・し・て・?・・・・・・・・。