読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

皆川博子「伯林蠟人形館」

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 本書は非常に高度な小説である。何が高度かといえば、読者の頭を使わせるという意味ですこぶる高度な本なのである。では、それがいったいどういうことなのかということを説明したいと思う。

 本書で描かれる舞台は第一次大戦からヒットラー台頭までの混乱をきわめたベルリンである。体裁は連作短編となっていて、六つに分かれたそれぞれのタイトルにはそこで描かれる人の名が冠してある。

 そう、本書には六人の主要登場人物がいるのである。

 貴族として生を受け、職業軍人となり、果てはジゴロに成り果てたアルトゥール・フォン・フェルナウ。

 ロシア革命によって亡命し、ドイツ内戦の中でシナリオライターに憧れるナタ―リャ・コルサコヴァ。

 貧しい家に育ち、流浪の末ナチ党員として銃弾に倒れるフーゴー・レント。

 ドイツ系ユダヤ人の裕福な家庭に生まれ、差別に悩まされながらもドイツ人として戦争に参加するハインリヒ・シュルツ。

 子供の頃にみた蠟人形の見世物に心奪われ、蠟人形師として名を成す薬中毒のマティアス・マイ。

 そしてこの物語の中心人物とでもいうべき異形の歌姫ツェツィリエ。

 これら六人の登場人物たちがそれぞれ絡み合い、ひとつの壮大な歴史絵巻を作り上げるのだが、これが一筋縄ではいかないつくりになっている。まず、それぞれの章で語られる事実が微妙にリンクしているのだが、年代が前後するので系統だてて頭の中で整理しなければならない。内容にいたっても微妙なズレが生じ、いったいどれが真実なのかと困惑してしまう始末。しかし、それは作者が仕掛けたミステリなのだ。

 幻視者として名高い作者の描く世界は混沌と退廃と耽美にまみれ、読むものを幻惑し強烈に惹きつける。

 ラストにいたって本書の仕組みは解き明かされるが、そこに整合性はない。しかし、それが物語の魅力となって余韻を残す。やはり、この作家は素晴らしい。心底惚れてしまった。これからもどんどん読んでいきたいと思う。