本書もキャスリン・ハリソンの「キス」と同様に事実に則した話であり、家族の間に横たわる暗い秘密を暴露するという非常に切実で胸の痛い内容となっている。
まず驚いたのが第二次大戦当時、フランスでもユダヤ人狩りが行われていたという事実だ。不勉強にも、ぼくはその事実を知らなかった。しかし、ここで描かれる戦争の暗い影は何度も読んできたことである。
ナチスによる人類史上最大の愚行は悲劇と簡単に言い切ることのできない複雑な思いをぼくに抱かせる。本書での最大のクライマックスともいえる秘密の全貌が明らかになるシーンでは、思わず目を閉じてしまった。過ぎ去ってしまった出来事は、知ることがなければ最初からなかったことになる。しかし、過去の出来事が現在にもなんらかの影響を及ぼしているのは確かで、その渦中にあって事実を知りたいと切望するのは自然なことだ。だが、そこに露見する真実のなんと悲惨なことよ。
著者であるフィリップ・グランベールは、この事実を受け入れそれを乗り越え精神科医となった。自身の家族にまつわる過去の秘密は障壁ではあったが、彼はそれを克服した。それは、並大抵の努力ではなかったと思う。もし、これが自分の身に起こっていたらと考えると、目の前が真っ暗になってしまう。
とても短い物語だが、感じとれるものはかなり大きい。ここには生々しい事実が描かれている。それは本当の戦争の姿であり、本当のホロコーストであり、本当の人間の姿である。不実な愛が描かれ、苦悩する少年が描かれ、理不尽な死が描かれる。淡々とした筆勢の中に激情がのみ込まれ、それがなおさら胸に響く。戦争は、理不尽ゆえに心に食い込む。悲劇に悲劇を上塗りしたような出来事ゆえ心に食い込む。
ああ、なんて愚かなことを・・・。