凪の辻に向かって記憶を辿ってきた道は、曖昧さと困惑を微妙にブレンドした重石を心にのせて歩く苦難
の道だった。踏みしめる道の表面は粗く割られた土器の破片が敷きつめられている。炎天下の暑気にやら
れて隣りを歩くオッチも今にも倒れそうだ。
少し先に広場があり、そこにニ、三十人の目の大きな人々が集まってタンゴを踊っている。ぼくとオッチ
はそれを見ながらゆっくりと歩をすすめるのだが、歩みは遅々として進まない。それもこれも、この暑さ
のせいだ。後ろから、自転車が近づく音がしてきたなと思っていたらチリンチリンとベルの音がして、
『ならを』がやって来た。
ぼくとオッチが振り返ると、ならをがうれしそうに笑ってこう言った。
「魚定にラッセルヨーヨーの達人が来てんねんて!はよ行かな、ブランコも犬のさんぽも見れへんど」
それを聞いて、ぼくらは焦る。ぼくなどは、おしっこが漏れそうなほど緊張が高まってしまう。
とめどなく流れる汗が不快だ。オッチも汗が目に流れ込んで、見えにくそうだ。
ならをはぼくらを追い越してビュンビュン遠ざかっていく。
記憶を辿る道が分岐してぼくはオッチと別れ、今度はもんちゃんと一緒に歩いている。
道端に生えている名も知らない草花が一斉に花開き、殺風景な景色に色がつく。もんちゃんは、ぼくの目
を見ずに話をしている。口元が妙に赤い。
空が暗くなったように感じたが、気のせいだったらしく空を見上げれば雲ひとつない晴天である。そして
いつの間にかぼくは一人になっていた。
意味もなく勃起して歩きにくい。変な感じだ。誰かの視線が気になって、うまく歩けない。
ここがどこかよくわからない。知っているのに憶えていないのではなくて、知らないのに見たことのある
景色だ。音が無く、静けさが鋭くて耳が痛くなる。
ぼくは歩く。凪の辻を目指して。記憶の襞をたどりながら。