読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

日本文学

津村記久子「ポトスライムの舟」

本書には二編収録されている。表題作の「ポトスライムの舟」は、三十を目前にした工場の流れ作業に従事するナガセを主人公にした物語。彼女は休憩所に貼ってある世界一周クルージングのポスターを見て、その費用がいまの自分の年収とほぼ同額の163万だと…

西村賢太「人もいない春」

久しぶりの賢太くんなのである。収録作は以下のとおり。 『人もいない春』 『二十三夜』 『悪夢―――或いは「閉鎖されたレストランの話」』 『乞食の糧途』 『赤い脳漿』 『昼寝る』 六編収録されているにもかかわらず、二百ページ足らずという短さ。かてて加…

中脇初枝「きみはいい子」

本書には五編の短編が収録されている。タイトルは以下のとおり。 「サンタさんの来ない家」 「べっぴんさん」 「うそつき」 「こんにちは、さようなら」 「うばすて山」 五編の短編はゆるい連作みたいなものだ。ここで描かれるのはそれぞれの事情を抱えた親…

池井戸潤「空飛ぶタイヤ」

記憶は風化する。それが自分の体験でなければなおさらだ。必ずそこにあったはずの事実はボヤけて曖昧な心象の中に埋もれてゆく。確かにぼくは本書がモデルにした事故を知っていた。本書が刊行された2006年当時、ああ、あの事故のことを描いているのかと…

綿矢りさ「ひらいて」

デビュー作の「インストール」以来だ。途中の過程がごっそり抜けてる。そんなぼくは、この最新刊を読んで目を見開いてしまった。 なんだ、これは。すごいじゃないか。あきれるほどに、惹きつけられてしまう。久しぶりに震えるような期待と身を引き裂かれるよ…

舞城王太郎「短篇五芒星」

五つの短篇が収録されている。タイトルは以下のとおり。 「美しい馬の地」 「アユの嫁」 「四点リレー怪談」 「バーベル・ザ・バーバリアン」 「あうだうだう」 相変わらずタイトルを見ただけではどんな話か見当もつかないのだが、いつものごとくふざけてい…

樋口毅宏「二十五の瞳」

誰もがタイトルから連想するように本書は壺井栄「二十四の瞳」をモチーフにしている。もちろん舞台は小豆島。あの小さい島を舞台に平成、昭和、大正、明治の四つの時代の物語が描かれる。それが一筋縄でいかないのである。それぞれの時代においてさまざまな…

窪美澄「晴天の迷いクジラ」

三人の登場人物がいて、それぞれの辛い人生が描かれる。デザイン会社に勤め、忙しい日々の中で鬱病になってしまう新人社員の田宮由人、その会社の社長で傾いてきた会社の経営を放棄して自殺しようとする中島野乃花、幼くして死んだ姉の代わりに母から執拗な…

今村友紀「クリスタル・ヴァリーに降りそそぐ灰」

ある日突然崩壊する世界。主人公のマユミは女子高で授業を受けている最中にその瞬間に遭遇する。目が見えなくなるほどの閃光と聞いたことがないくらい大きな轟音。何かが起こったことは間違いないのだが、いったいそれが何なのかはわからない。パニックに陥…

野坂昭如「童女入水」

衝撃的なタイトルだ。しかし、この表題作で描かれるのは一人の童女の死だけではない。この短編30ページほどの短いものなのだが、童女の死にたどり着くある一族の暗い歴史がまるで年代記のように描かれるのである。その濃密な世界は読むものを圧倒する。短…

福永信「一一一一一」

対話なのだ。二人の人物がいて、話している。それはとてもありふれた風景だ。本書に収録されている六つの短編はすべてそのパターンを踏襲している。そして語られる内容は推測と導きによって進められてゆく。そうなんだね?そうだろう?そうではないか?こう…

西村賢太「苦役列車」

西村賢太の本を読むのも、これで四冊目だ。はっきりいってどれを読んでもみんな同じ感触なのだ。一言でいってしまえば、人間的にまったくダメな男である北町貫多の面倒くさくて往生際の悪い日常を描いているだけの作品なのだ。だけども、そうとわかっていて…

津村節子「紅梅」

作家 吉村昭が癌を発病し、息をひきとるまでを妻の視点で描いた作品。舌に痛みを感じたのがはじまりだった。舌癌を発病したのである。身内を多く癌で亡くしていた吉村氏は自身の健康にも気をつかい、とりわけ癌には気をつけていた。しかしその甲斐もなく癌に…

金原ひとみ「マザーズ」

三人の若い母親が登場する。作家として活躍する自由奔放でドラック中毒のユカ。そのユカの高校時代の同級生で育児ノイローゼから虐待にはしってしまう涼子。モデルでありながら不倫を重ね、その相手の子を身ごもってしまう五月。三人は認可外の保育園『ドリ…

南川泰三「グッバイ艶」

出会いはまことに不埒なものだった。酒を飲ませたらタダでやらせる女だといわれて、童貞の主人公はその女に紹介されるのである。それが、それから二十五年に渡り激烈な人生を共にすることになる艶との馴初めだった。本書はその艶と主人公である南川泰三氏と…

西村賢太「どうで死ぬ身の一踊り」

西村賢太の師事する作家藤澤淸造は、大正時代の一時を流れ星のように駆け抜けた薄幸の人だった。性病から精神異常をきたし、警察の拘留や内縁の妻への暴行をくり返しあげくの果てに失踪、最終的には公園のベンチで凍死するというなんともお粗末な末路だった。…

万城目学「偉大なる、しゅららぼん」

京都、奈良、大阪ときて、今度は滋賀が舞台なのである。万城目作品はけっこう続けて読んでいて、二作目の「鹿男あをによし」以外はすべて読んできたわけなのだが、本書はその中でも一、二を争う読後感の良さとおもしろさを兼ねそなえた本だった。しかし、断…

窪美澄「ふがいない僕は空を見た」

日向蓬、豊島ミホ、宮木あや子と同じく本書の作者 窪美澄も「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞している。この「女による女のためのR-18文学賞」ってのは、最初、官能小説を女性が書くための賞なのかと軽く見ていたのだが、どうしてどうして…

西村賢太「暗渠の宿」

祝・芥川賞なのである。もしかしたら、これで脚光を浴びまくって本書のようなテイストの破滅私小説を書くことがなくなってしまったらどうしようと詮無いことを考えたりしたのだが、その予想が的中したかと一瞬思ってしまった記事が先週の週刊文春に載ったの…

朝吹真理子「きことわ」

貴子と永遠子(とわこ)。だから「きことわ」なのである。葉山にある別荘でめぐりあったふたり。貴子八歳、永遠子十五歳。思い出の中でひときわ輝くあの夏の日。それから二十五年の歳月が流れ、音信不通だったふたりは別荘の解体を前にふたたびまみえること…

西村賢太「二度はゆけぬ町の地図」

今日、今期の芥川賞と直木賞の候補作が発表されたが、本書の西村賢太も新潮12月号に発表した「苦役列車」で候補に挙がっている。だからというわけでもないのだが、たまたま手にとった本書を軽い気持ちで読みはじめたら、まさにグイグイと引っ張られてしま…

飯塚朝美「地上で最も巨大な死骸」

すごくしっかりした文章を書く人だというのが第一印象。見返しの著者プロフィールを見てみれば、1983年生まれというから、まだ二十代の女性ではないか。このあいだ読んだ朝吹真理子さんも同年代だし、なんだかうれしくなってしまうのだ。こういうしっか…

朝吹真理子「流跡」

本書を特異なものとしているのは、その独特の言語感覚である。これだけ本を色々読んできてさえ初めて 接する言葉の数々にまず打ちのめされる。それをいちいちここに書きだすようなことはしないが、それは なぜかというとその言葉の音節自体が小説の中に組み…

黒井千次「高く手を振る日」

七十歳を越えた男女の恋模様を描く長編(分量的には中編)小説である。主人公である嶺村浩平は妻に先立たれて一人暮らしをしているが、大学生時代の知己で妻の友人でもあった稲垣重子と再び巡り逢うことになる。そこから紡ぎだされる物語は、ことさらピュア…

絲山秋子「ばかもの」

この人の本は本書が初めてなのだが、もう一発で気に入ってしまった。いま巷で話題の「妻の超然」も是非読みたいものだと、思わず鼻息が荒くなってしまったほどなのである。 いわゆる本書で描かれるのは一組の男女の恋愛模様である。だが、これがその『恋愛』…

吉田修一「悪人(上下)」

上巻を読んでる間はなんて下世話な話なんだとちょっとゲンナリしていた。それほど新味のある展開でもないし、出てくる人達みんな落伍者みたいな感じで、なんとも気の重たい話じゃないかと少々うんざりしていたのだ。匂い自体は大岡昇平の「事件」や清張の諸…

本谷有希子「乱暴と待機」

この人やっぱりおもろいわ。いまだかつてこんな変な話読んだことなかったもの。 本書のストーリーをかいつまんで紹介すれば、なんて変態ちっくな話なんだと思われてしまうだろうが、敢えて紹介してみよう。 まず、一組の兄妹が出てくる。この二人は一緒に長…

有川浩「フリーター、家を買う。」

はじめて読む有川浩の長編だ。今度ドラマ化されるということで早速読んでみたのだが、これがなかなかおもしろかった。このタイトルを見れば、ある程度話の内容が察せられる。フリーターという半分自由人のような生活を送ってる男が一念発起して家を買うまで…

舞城王太郎「イキルキス」

「真夏のMAIJO祭!!」第二弾は本書なのである。本書には短編が三編収録されている。タイトルは以下のとおり。「イキルキス」「鼻クソご飯」「パッキャラ魔道」 この三作を読んで、ちょっと前の舞城節みたいなものを満喫した。舞城くんはこうでなくっち…

高橋源一郎「「悪」と戦う」

平易な語り口で紡ぎ出される物語は、その取っ付きの良さからは想像もできない大きな何かをぼくの中に残していった。 本書に登場する三歳のランちゃんと一歳半のキイちゃんは高橋家の大事な子どもたちである。だが、キイちゃんはどうも言葉の発達が遅れている…