読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

金原ひとみ「マザーズ」

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 三人の若い母親が登場する。作家として活躍する自由奔放でドラック中毒のユカ。そのユカの高校時代の同級生で育児ノイローゼから虐待にはしってしまう涼子。モデルでありながら不倫を重ね、その相手の子を身ごもってしまう五月。三人は認可外の保育園『ドリーズルーム』を通して知り合う。
 
 まず驚くのは、その濃密な文体だ。457ページにびっしりと文字がつまっている。以前読んだ「ハイドラ」とはまったく違う印象だ。とにかくこれでもかというくらいの言葉の奔流なのだ。
 
 金原ひとみがそこまでして描きだすのは、子を持つ母の幸せと苦悩だ。子は親を選ぶことはできないし親も子を選ぶことはできない。しかし、母親は十月十日自身の身の内にもう一つの生命として子を育ててゆく。母と子の関係はそれゆえに特別なものとなる。女性は、子を宿した瞬間からなんのためらいも身構えもなく母親となってしまう。その理不尽ともいえる運命的な方向性は子育てが終わるまで一直線に続いてゆく。責任を逃れるわけではないが、母と父では子が命を持った段階からそのスタンスがはっきり別れているといっていい。ゆえに母は特別な存在となり子と緊密な関係を築いてゆく。それは、決して平坦ではないが幸せに溢れた日々でもある。
 
 本書に登場する母親たちの姿が、そのまま子を持つ親の反映として描かれているとはいわない。そこにはやはりドラマがあり日常的でない起伏が強調されているからだ。しかし、ここに描かれる閉塞感や不満や不安そして自分が正しいのかどうかという苦悩は子を持つ母親たちの誰もが感じて通過する道なのではないか。父親として存在する自分は、本書を読んでそれを実感することはない。しかし、事実として理解することはできる。命を生みだし、それを責任をもって育ててゆくという偉大で困難な行為。まだ子を持ったことのない人が本書を読むと、子を持つことに恐れを抱くかもしれない。しかし、子を持つ親が本書を読むと自分の子がさらに愛しくなるはずだ。本書の中ですごく辛い場面に数多く遭遇したとしてもね。