本書を特異なものとしているのは、その独特の言語感覚である。これだけ本を色々読んできてさえ初めて
接する言葉の数々にまず打ちのめされる。それをいちいちここに書きだすようなことはしないが、それは
なぜかというとその言葉の音節自体が小説の中に組み込まれている装置として機能しているからだ。
ぼくは久しぶりに本を読んでて戸惑った。でも、それは目的のないそぞろ歩きのような戸惑いではなく、
知的興味に属する高揚をともなう戸惑いだった。およそ筋のない話の流れの中で、語り手が男になったり
女になったりする自由奔放な展開と背後に漂う不気味な影。そこで紡がれる新しい感覚は、読書をしてい
て久しくなかった驚きとの遭遇だ。紙面から立ちのぼる匂いに撹乱される思いで、読み進めていくとそこ
にリズムが生まれ、川を下る舟のように読者は最初のページを上流に、最後のページを下流に見立ててど
んどんラストに向けて流されてゆく。
まったくもって異形であり、いままで接したことのない世界だ。幻想小説としても秀逸でありあらわれて
は消えてゆくイメージにはなんともいえない雰囲気がある。これで五百ページもあった日には決して最後
まで読みとおすことはできないかもしれないが、この中編程の長さが丁度よく読者を最後のページに運ん
でくれる。
著者は驚くことに二十五歳の女子大生、本作で史上最年少のドゥマゴ文学賞を受賞したということで略歴
からいっても近年稀にみる逸材のようである。今後の活躍がとても期待される新人なのだ。
この言語感覚は、ほんとうに万言尽くしても伝わらない。是非本書を手にとって自分で接してみてほし
い。めくるめく体験になることだろう。