読書の愉楽

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今村友紀「クリスタル・ヴァリーに降りそそぐ灰」

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 ある日突然崩壊する世界。主人公のマユミは女子高で授業を受けている最中にその瞬間に遭遇する。目が見えなくなるほどの閃光と聞いたことがないくらい大きな轟音。何かが起こったことは間違いないのだが、いったいそれが何なのかはわからない。パニックに陥る生徒たち。

 

 しかし、本書は大惨事に巻きこまれた人を描くサバイバル小説でもなければ、逃げまどう人々を描くデザスター小説でもないのである。上空を飛びかう戦闘機。墜落する機体。散乱する死体。逃げるマユミ。

 

 だが、世界は歪みはじめる。少しずつ位相を変えて。あったはずのものがなくなり、記憶が変わり、パラレルな世界が存在を主張してくる。それは主人公の混乱をまねくと同時に読者の混乱をも誘発する。

 

 P・K・ディックの悪夢世界をおもわせる迷宮的な非日常の中で、存在と消失をくりかえしながらマユミを取りまく世界は静かな崩壊を続けてゆく。

 

 とても刺激的だった。この人の書く文章は舞城王太郎のドライブ感あふれる文体のように途切れることなく続いてゆく。独特の擬音も多く挿入されていてなおさらその感を強めるのだが、これは擬似であってこの人自身のもつ癖に由来するものではない。だから、その底辺には常に常識的な配慮が垣間見える。一見すると、取っつきにくくて読みにくいように感じるが、実はそれは計算によって構築されたものでとても整然としているのである。そしてその擬似ドライブ文によって読者は主人公と共に数々の変化に戸惑いながらもどんどんページを繰らされることになる。あっという間の読書だった。

 

 不変が崩壊する音を聞きながら、変転する世界に翻弄され順応してゆくマユミ。彼女はこの物語で死ぬことはない。もうすでに死んでいるのかもしれないから。