読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

絲山秋子「ばかもの」

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 この人の本は本書が初めてなのだが、もう一発で気に入ってしまった。いま巷で話題の「妻の超然」も是非読みたいものだと、思わず鼻息が荒くなってしまったほどなのである。

 

 いわゆる本書で描かれるのは一組の男女の恋愛模様である。だが、これがその『恋愛』という甘ったるくて温かくて、せつなくて、必死でといった定番の要素からはかけ離れた対極に位置しているところがおもしろい。

 

 主人公であるヒデは19歳の大学生。バイト先で出会った八つも年上の額子と付き合っている。額子は奔放で勝気でまるで猛々しいトラのような女なのだが、そんな彼女に翻弄されながらもヒデは額子に夢中になっている。だが、額子は結婚を理由にあっさりヒデをとんでもない方法で置き去りにしてしまう。心に傷を負ったヒデはなんとか立ち直ろうとし、新たな彼女とも出会うのだが、次第にアルコール依存症の道を突き進んでいくようになる。孤立無援になっていくヒデ。だが、額子のほうも事故にあい、片腕を無くし離婚という不幸な道を乗り越えようとしていたのである。そんな二人が十年という長い年月を経て再びめぐりあうのだが・・・・。

 

 驚いたのが、あまりにも濃厚な性愛描写だ。のっけからいきなりハイテンションで突っ走っていくのである。ここでまず驚いて、そのあとの展開でまたまた仰け反ってしまう。おいおいどこまで落ちてゆくんだとページを繰る手がとまらない。こんなにグダグダになっちゃって、お前ほんとに大丈夫かと何度も問いかけてしまう。堕ちてゆく人間は、一直線なんだなと空虚に思う。どんどんどんどん堕ちて、とんでもない過ちを犯してやっと目が覚めるのである。



 だが、そんな不幸の先には静謐な平安が待っている。凶悪なドライブのあとにやっとエンジンが止まったみたいな感じといえばいいだろうか。こんなに短くてアッという間に読めてしまうのに、なんと心にずっしりと残る本だろうか。

 

 ひとつだけ気になったのは作者の三人称と一人称の描きわけである。突然語りが『俺』になったりするのだ。この部分だけがどういう効果を狙ってのことなのかよくわからなかった。不勉強ですいません。