読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

日本文学

綿矢りさ「憤死」

四編収録。巻頭の「おとな」はとても短い作品。ここで語られる奇妙な出来事は、おそらく綿矢りさの実体験なのでは?それにしても、最後の『ねえ、おぼえていますよ。ほかのどんなことは忘れても、おぼえていますよ。』という部分で慄いた。奇妙な出来事の淫…

丸谷才一「輝く日の宮」

古文が大嫌いで、高校の授業ではホント苦労しました。何?『ありをりはべりいまそかり』って?こんなぼくだから『源氏物語』などには見向きもしなくて、さまざまな現代語訳があるのも勿論しっていたけど読んでみようと思ったことは一度もなかった。それに王…

池井戸潤「アキラとあきら」

700ページあるのだが、読み始めたらアッという間だった。相変わらずのリーダビリティだ。池井戸作品のこういった銀行物の面白さというのは、ある意味カタストロフの醍醐味であって、解決不能な難問または巨大な敵を倒すことで、読者の溜飲を大いに下げて…

村上春樹「騎士団長殺し」

象徴としての事象を描く手法は、目新しいものでもないし誰もが使う一般的な修辞技法として定着している。いわゆる暗喩や隠喩と呼ばれる比喩表現は、深読みの可能性もふくめてどんな文章の中にも潜んでいると考えて間違いはない。以上のことを踏まえて、さて…

今村夏子「こちらあみ子」

何を期待していたのか自分でもよくわからないのだが、本書の読後感は期待とは違った。突きつめて考えてみると、ぼくはささやかな感動を求めていたのかもしれない。でも、これは勝手にぼくが期待しただけのことで、もちろん作者にはなんの責任もない。でも、…

澁澤龍彦 「犬狼都市(キュノポリス)」

キュノポリスという言葉の響きにまず翻弄される。そして犬狼都市という字面にシビれてしまう。このイメージだけでごはん三杯いけちゃうくらい素晴らしい語感だよね。それを書いたのが澁澤龍彦だっていうんだから、もう参りましたなのである。 三編収録されて…

綿矢りさ「しょうがの味は熱い」

綿矢りさの小説の書きだしが好きだ。本書の場合はこんな感じ 整頓せずにつめ込んできた憂鬱が扉の留め金の弱っている戸棚からなだれ落ちてくるのは、きまって夕方だ。 こういう描写は好き。ぼくには思いつかない言い回しだ。「勝手にふるえてろ」の書きだし…

恩田陸「蜜蜂と遠雷」

てっとりばやく、最初に言っておくが、本書は小説の神様から祝福された小説だ。ま、そんな神がいたとしたらだけどね。もう、ぼくなどは完全にノックアウトされちゃったのである。久しぶりに本を開くのが待ち遠しいと感じたし、読み終わるのがこれほど惜しい…

川上未映子「乳と卵」

そこに向かうことのできない小説ってものがある。決して真似のできない独特の雰囲気や間。ひと昔前、清水義範氏が得意としていたパスティーシュなんてものを一切受けつけないような小説。唯一無二ってやつ?そういうのでパッと思いつくのは、まるでウィリア…

よしもとばなな「デッドエンドの思い出」

たとえば、ぼくは幼い頃、両親に海に連れていってもらって大きな岩の上に座らされて、怖くて泣いたことがある。その三歳の頃の記憶がぼくの一番古い記憶。 たとえば、ぼくは幼い頃、幼稚園に路線バスに乗って通っていたのだが、ある日先に出たはずの父の車が…

梁石日「さかしま」

梁石日といえば、はじめて彼の作品に接した「子宮の中の子守唄」を読んだときの衝撃が忘れられない。あの作品で描かれる世界は、同じ日本でありながらぼくが生きてきた世界とはまったく違う世界で、こんなことがあるのか!と何度も衝撃に身を震わせた。未読…

重松清「その日のまえに」

連作短編集である。七編収録されているうちの一編を除いてすべてがリンクしている。それぞれ身近な人の死に直面する話が描かれている。それは、学校の同級生や、夫や母親や妻の死だったりするのだが、そこで描かれるのは、突然断ち切られる日常と、直面させ…

綿矢りさ「かわいそうだね?」

本書には二編収録されている。表題作は、元カノが彼の部屋に居候するという、なんとも奇妙な状況におかれた女性が主人公。どうして別れたはずの女が彼と一緒に暮らしているのか?常識的に考えれば、それはありえない話だ。愛情とか、嫉妬とか以前のモラルの…

畑野智美「国道沿いのファミレス」

恋愛小説に代表されるいわば普通の人々を描いた小説は、ミステリやSFやファンタジーのように日常からかけ離れた部分に興趣をもたせる類のそれと違って奇をてらった要素がない分、純粋にストーリーやキャラクターの魅力で読者を惹きつけなければいけない。…

西 加奈子「円卓」

ひさしぶりに、本読んで声だしてわろてもうたわ。これ、おもろいわ。最高やわ。小学三年て、こんなんやった?ほんまのこと言うて、自分のこと思い出してたけど、こんなエキセントリックな三年生ではなかったわ。なんせ出てくる人全部普通ちゃうもんな。 まず…

舞城王太郎「淵の王」

感情を揺さぶられるまではいかないけど、小説を読んでいて意味を理解する前にどんどん先へ進まされるような読み方をするのは、この舞城くんの本でしかない体験なのだ。それは、グルーブ?疾走感?それとも奔流というべきか。この独特な文体によって、ぼくは…

丸谷才一「横しぐれ」

丸谷才一の作品は、読めば必ずなんらかの影響を受ける。それは小説技巧であったり、主題のおもしろさであったりするのだが、とにかくその刺激はぼくの背筋をかけのぼり、とてつもない喜びをもたらしてくれる。 本書に収録されているのは四つの短編。表題作は…

馳星周「美ら海、血の海」

終戦間際の沖縄での戦いは日米最大の陸上戦となった。ここで描かれるのはその戦火の中を鉄血勤皇隊として従軍した一人の少年の地獄行だ。彼は、その戦争を奇跡的に生き延び現在は宮城県に住んでいたのだが、あの東日本大震災に直面し、60年前の沖縄での体…

伊集院静「羊の目」

私生児として生まれ、ヤクザに育てられた神崎武美。彼の戦前から現代までの修羅の道を描いた連作長編が本書「羊の目」だ。夜鷹の子として生まれた神崎は、浅草で売り出し中の侠客 浜嶋辰三によって育てられる。生みの親を知らない神崎は見ず知らずの自分を育…

ドリアン助川「あん」

タイトルになっている『あん』とはあの甘~いアンコのこと。主人公はちょっとワケありの独身男、千太郎。彼はさびれた商店街の一隅でどら焼きを売っている雇われ店長だ。そんな彼のもとにある日、高齢の女性がアルバイトの申し込みにやってくる。当然、千太…

池井戸潤「オレたち花のバブル組」

ドラマが待ちきれなくて、続きも読んじゃいました。今回はまたまたスケールアップして巨額損失を出した老舗ホテルの再建がメインのストーリーとなる。なんとその額百二十億!こりゃ大変だ。本社の営業第二課次長となった半沢はこの誰がみても負け戦になる困…

池井戸潤「オレたちバブル入行組」

ドラマ先行で観ていたのだが、どうもがまんできなくなって原作を読んじゃいました。おもしろいのは、ドラマを観て大まかなストーリーを知っていたにもかかわらずグイグイ読まされたこと。池井戸潤の小説作法のひとつに溜飲を下げるカタルシスの演出があると…

白河三兎「私を知らないで」

父親の仕事の都合でしょっちゅう引越しをしているベテラン転校生の中学生の男の子が主人公。彼は転校するたびにその学校での仕来りをリサーチし、生徒たちの関心を敏感に察知し、自分の立ち位置を固め居場所を確保してゆく。またいつ引っ越すかわからないの…

舞城王太郎「キミトピア」

前回の「短篇五芒星」の感想で少し不満だと書いたのだが、今回は大変満足いたしました。だって本書には読み応えのある短篇が7篇も収録されているのだ。タイトルは以下のとおり。 「やさしナリン」 「添木添太郎」 「すっとこどっこいしょ」 「ンポ先輩」 「…

柚木麻子「私にふさわしいホテル」

作家として世に出る野望に満ちた三十路の女性が主人公。彼女は三年前にあまりメジャーでない文学新人賞でデビューしたものの同時受賞したアイドル女優が注目を浴びたため、目立たぬ扱いを受け一ヶ月後には本を出した女優とは対照的にいまだにくすぶったまま…

百田尚樹「永遠の0」

本書「永遠の0」はベストセラーになって、読んだ人の誰もが感涙の作品だといっているので読んで見る気になった。解説はあの児玉清氏だしね。児玉氏の解説も感謝カンゲキ雨あられみたいな調子で凄いプッシュの仕方で更に期待をあおってくれたしね。 本書のタ…

丸谷才一「笹まくら」

小説の方法論なんて大上段にぶちかます気はないが、本書を読めばその手法に刺激を受けて、どうしても小説の在り方に思いを馳せてしまう。 本書はそれほどに凄い読書体験をもたらす。この数行を読んでいったいどういう事だと思われた方もう少しお付き合いいた…

泉鏡花「草迷宮」

セラミックの夢しかり。あわい夢でなく、熱病でうなされた時にみるような、追いかけられる夢。 時が澱み、いつも霞がかかっていて、とりとめのない思い出だけが過ぎてゆく。 ただよう匂いは、焚き火の匂い。 少し焦げ臭いが、どこか懐かしく心おちつく匂い。…

丸谷才一「樹影譚」

たとえば、人は常に考えているものだ。それは些細なことから重要なことまで千差万別だが、大なり小なり頭の中では思考が渦巻いている。それは眠っている間にも夢をみるという形で行われているから、ほんと頭の中というのはちょっとした宇宙なんだなと思う。 …

綿矢りさ「勝手にふるえてろ」

OL、26歳、B型、処女。それが本書の主人公江藤良香の一番短いプロフィール。彼女は、この歳になるまで男性と付き合ったことがない。彼女には中学の時から想い続けているイチ彼と、現在付き合って欲しいと言われている二彼がいる。 彼女はこの二人の間で…