読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

飯塚朝美「地上で最も巨大な死骸」

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 すごくしっかりした文章を書く人だというのが第一印象。見返しの著者プロフィールを見てみれば、1983年生まれというから、まだ二十代の女性ではないか。このあいだ読んだ朝吹真理子さんも同年代だし、なんだかうれしくなってしまうのだ。こういうしっかりした文章をものにする若い女性がいるということに。丹精でしっかりしていて読んで引っかからない文章は読書をしていても至極気持ちのいいものであり、それだけでなんだか得をした気分になろうというものではないか。

 

 本書には二編収録されている。まず表題作だが、これは象の飼育員である若い男・田崎が主人公。彼と上司である権藤は死に絶えようとしている老象・登志子に付きっ切りで、何日も家に帰らず疲労の限界にきている状態なのだ。田崎は匂いに敏感な体質で、そのことから喚起される過去のイメージが終始つきまとっているのがこの物語の特徴で、それは故郷にあった泥海の鼻にまとわりつく腐臭なのだ。そこに田崎を生んだ時に命を落とした母と、自殺を繰り返す父の暗い影が覆いかぶさってくる。うわあ、なんて暗くて嫌な話なんだと思うかもしれないが、これが案外サラッと硬質な文体で書かれているので、それほど情動に訴えるような印象はもたないのである。

 

 次の「クロスフェーダーの曖昧な光」は、舞台美術の照明を受け持つ会社に勤める見習いの男・山内が主人公。彼の会社の社長はなかなか破天荒な男で、昔、「金閣寺」の上演でラストの炎上シーンの照明プランが思い浮かばないから、実際に金閣寺に火をつけようと思い立ち、京都まで行ってしまうような男なのだが、一時期は神学者を目指していたこともあり、そのときの洗礼名シメオンが今でも通り名になっているような変わった男なのである。それはさておき、山内の兄は引きこもっている。部屋中の窓にダンボールを張り、遮光カーテンを二重にかけ完全に光を遮断した生活を何年も続けている。この二つの事柄が山内を中心に描かれそれがクロスしたときに、驚く結末が訪れるのである。

 

 二つとも重い内容であり、事実なんともやりきれない事柄が描かれるのだが、先述したようにさほど重く心にのしかかってこない読後感となっている。これもまた才能だ。これからの活躍を期待したい。