読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

野坂昭如「童女入水」

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 衝撃的なタイトルだ。しかし、この表題作で描かれるのは一人の童女の死だけではない。この短編30ページほどの短いものなのだが、童女の死にたどり着くある一族の暗い歴史がまるで年代記のように描かれるのである。その濃密な世界は読むものを圧倒する。短い枚数にまるで長編のような情報量が凝縮されている感覚は以前アンソロジーで読んだ坂口安吾「ああ無情」以来のものだった。つづく「華燭の死門」でも信じられないような畜生道が描かれる。物語構成的にはこの二つと次の「されど麗しの日々」のすべてが同じだといっていい。現在の状況がまず描かれ、それにいたる過去の出来事が綴られる。そして、その過去の出来事ではまるで梁石日の半自伝的な作品のような非人間的な営みが描かれるのである。野坂昭如の文章は定型にとらわれない独自の文章であり、句点のみで区切られて延々と続く迷宮のようなもので時々井上ひさしがやっていたなと思うが、野坂文のほうが野放図で野性的で奔放なのだ。結果、それによって強調されるのは内容とも相まってまるで熱にうかされたような高揚感なのである。

 

 作品によっては、学生運動などが描かれ、さすがに時代を感じさせるテーマだなと思うが、不思議とそこに古さは感じない。時代の趨勢や風俗の変遷は事実描かれているにも関わらず、よくある昔の作品に感じられる埃臭さや気恥ずかしいような歯痒い感覚はまったく覚えない。現代では絶対認められないようなタブーを描いていながらも、そこに暗さや苦悩が介在していないのが一因かもしれない。その突き抜けたような感覚が作品全体を覆っていて、時代のしがらみを感じさせないのだろう。野坂昭如の短編はもっともっと読んでいきたい。次は「骨餓身峠死人葛」でも読んでみようと思う。
 最後に本短編集の収録作を挙げておく。



 ・「童女入水」

 

 ・「華燭の死門」

 

 ・「されど麗しの日々」

 

 ・「猥愁褻々」

 

 ・「既に黄昏」

 

 ・「ああ転向優良児」