読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

日本文学

藤谷治「誰にも見えない」

主人公は14歳の女の子。彼女が誰に見せるでもなく思いのままを綴ったノートという体裁である。 これが、四十過ぎの親父が書いた本とは到底信じられない感性で描かれている。実際、中学生の女の子が読めばどれくらい違和感があるのか興味があったので、我が…

中島らも「君はフィクション」

ほんとうに久しぶりの中島らもだ。「こどもの一生」以来だ。本書は短編集であり、12編収録されている。タイトルは以下のとおり。「山紫館の怪」「君はフィクション」「コルトナの幽霊」「DECO-CHIN」「水妖はん」「43号線の亡霊」「結婚しよう…

万城目学「かのこちゃんとマドレーヌ夫人」

かのこちゃんというのは好奇心旺盛な小学一年の女の子。マドレーヌ夫人とは、そのかのこちゃんの家にある日突然居ついてしまった猫のこと。本書は、この一人と一匹のお話をつかずはなれずという微妙な距離で描いている。マドレーヌ夫人はジプシー猫で、いろ…

田村優之「夏の光」

これはまた変わったテイストの本だった。なにしろ『青春の影』と『経済』が同時に描かれるのである。 主人公は証券会社の債券部門のチーフアナリスト。毎日を分刻みで過ごし、テレビのコメンテーターとしても活躍する働き盛りの四十代。顧客にむけて金利や経…

舞城王太郎「ビッチマグネット」

前回の「ディスコ探偵水曜日」で初めての舞城挫折本を経験して、もうすっかり怖気づいてしまっていたのだが、信頼できる読み手のゆきあやさんの鉄板推薦をいただいて、この新刊に挑戦した。 買って読むべし!とまで言われたら、もう読むしかないでしょ?で、…

池井戸潤「鉄の骨」

本書で池井戸氏が描くのは公共工事に関わる談合疑惑なのだが、やはりいつものごとく緩急つけた物語展開は読む者をとらえてはなさない吸引力にあふれている。この一見地味で華のない世界を舞台に、よくこれだけためになっておもしろい話が書けるものだと相変…

角田光代「八日目の蝉」

愛人の生まれたばかりの子どもをさらって、逃亡する女。このシチュエーションだけを抜き出せば、同情すべきは子どもをさらわれた方の親である。だが、本書を読むうちに読み手の心には逃亡する女とさらわれた子が二人で幸せに生きてゆければいいなと願う気持…

小池真理子「律子慕情」

小池真理子といえば、もう十年以上前にジャパン・ホラーの傑作だときいて「墓地を見おろす家」という本を読んだのだが、これがまったくもってしょうもない本で、いったいこれのどこがおもしろいんだと頭を傾げたことがあった。それ以来この人の本は読むこと…

日向蓬「サポートさん」

「女による女のためのR‐18文学賞」というのは、女性が書く官能小説のことだと思い、あまり気にもとめていなかったのだが、本書の日向蓬にしろ豊島ミホにしろ宮木あや子にしろ、一般作品にも進出してきて結構目が離せない作家をいろいろ輩出してきたなと思う…

劇団ひとり「陰日向に咲く」

タレントの本が続きます。もう三年も前に刊行されて評価も定まった本書を今更読むに至ったのは、べるさんの影響である。読了して思った。確かに本書は素晴らしい。連作形式の小説はいままで数多く読んできたし、一応その仕掛けに対する免疫もあると思ってい…

前田健「それでも花は咲いていく」

この人もタレントさんなのだが、この本のことをとある雑誌で貴志 祐介が褒めていたので、興味をもったのである。本書にはそれぞれ花の名を冠した短編が9編収録されているのだが、ここで描かれるのはいわゆる異常性愛の人々なのである。それはロリコンであっ…

岸田今日子「二つの月の記憶」

女優岸田今日子しか知らないぼくにとって、本書は衝撃的だった。ちょっと踏み込んで、あの懐かしのムーミンとして親しんだ岸田今日子さんが、こんな素敵な本を書かれていたとは知らなかった。 本書は、岸田今日子さんが亡くなられる前に雑誌「メフィスト」で…

今野敏「慎治」

この人がこれだけガンダムオタクだったとは知らなかった。なんせ、本書で紹介されるガンダム関係の記述は、そのまま研究書に書き写せるほど微にいり、細をうがつものなのだ。ぼくも一応ガンダム世代なので、初代のガンダムに関しては全作品テレビシリーズで…

万城目学「プリンセス・トヨトミ」

久しぶりの万城目作品だ。「ホルモー」を読んだ頃は、まだ誰もが万城目って誰?って思ってた頃だったのに、どうでしょうこの出世ぶりは。第二作の「鹿男」はなんとなく気がすすまなくて読んでないのだがこの第三長編は、タイトルのインパクトと今までで一番…

角田光代「森に眠る魚」

「本が好き!」の献本である。 最近の角田さんは、本書のようなちょっとクライムノベルっぽい作品を書いているので、気になっていたのである。「八日目の蝉」を読みたいなと思いながら、ついつい先延ばしにしているうちに本書が献本で出てたので応募してみた…

山本昌代「善知鳥」

これはまた非常に好みの合う短編集だった。ちょっと皆川テイストの入ってるところも重要なポイントでまだまだこういう人もいるんだなとうれしくなってしまった。 本書の収録作は以下のとおり。 「逆髪」 「人彘(じんてい)」 「おばけ伊勢屋」 「善知鳥(う…

小池昌代「ことば汁」

前回の感想でこの人の作品が好きかどうかわからないと書いたが、本書を読んで大ファンになったことをここに告白しよう。本書には6編の短編が収録されている。タイトルは以下のとおり。「女房」 「つの」「すずめ」「花火」「野うさぎ」「りぼん」 巻頭の「…

松村栄子「雨にもまけず粗茶一服」

やはり読書をしていてよかったなぁと感じるのは、知らない世界を知ったときである。手っ取り早いといっちゃあ語弊があるが、未知の分野の道理を体験するという上で読書ほど簡潔に簡易に理解できる手段はないなあと思ってしまうのである。 で、本書でどういう…

津村記久子「カソウスキの行方」

あまりにも気に入ったので、また読んじゃった。 やはりこの人はいい。先の感想にも書いたが、連綿と続く主人公のモノローグっぽい思考の連鎖がとても心地いい。そこに内包されるユーモアも絶品だし、かといって軽いわけではなく、人間関係や人生においての薀…

小池昌代「タタド」

本書を読んで、まだこの人が好きかどうか判断がつきかねている。それは次に読もうとしている「ことば汁」で確定することだろう。いまのところは、本書を読んで感じたことをそのまま述べてみようと思う。 本書には三っつの短編が収録されている。表題作でもあ…

津村記久子「君は永遠にそいつらより若い」

abeさんのオススメで本書を読んでみたのだが、これが大当たり。なんというか、もう読んでいる間中ず っと気分が高揚してハイな状態だった。 とりあえず読み始めは手探り感覚で、海のものとも山のものとも知れないこの作家がいったいどんな話を 展開してくる…

藤井建司「ある意味、ホームレスみたいなものですが、なにか?」

第9回小学館文庫小説賞の優秀賞受賞作なのだそうである。だけど本書はハードカバーなのだ。変なの。 ま、それはおいといて。なかなか楽しめた。本書の舞台となるのは、もうすでに崩壊してしまっている家 族の家。主人公はエリート街道まっしぐらで大学に入…

岩井志麻子「悦びの流刑地」

「ぼっけえ、きょうてえ」以来だからもう十年くらいになるのか。久しぶりに岩井志麻子の本を読んだ。 しかし、まあなんとも爛れた世界だ。全編にわたって饐えた男女の体液の匂いが漂ってる感じで、とても 息苦しい。テイストとしては皆川博子の幻想物に近い…

栗田有起「オテル モル」

地下十三階、完全会員制で日没時にチェックインし日の出とともにチェックアウトする眠るためだけのホ テルが「オテル・ド・モル・ドルモン・ビアン」である。この仰々しい名前のホテルは、『悪夢は悪魔』 という標語のもと、お泊りいただく会員様がぐっすり…

中田永一「百瀬、こっちを向いて。」

本書が静かな話題を呼んでいるらしいと知って、急いで読んでみた。あの北上次郎氏も絶賛してるみたい なので、気になったのだ。本書は短編集であって、4編収録されている。収録作は以下のとおり。 「百瀬、こっちを向いて。」 「なみうちぎわ」 「キャベツ…

豊島ミホ「東京・地震・たんぽぽ」

昨年本書が刊行されたときに読みたいなぁと強く思ったにも関わらず、本屋においてなかったという理由 で今まで読まずにきた本である。豊島ミホの本は本書が初めてだったのだが、なかなかよかった。 本書で描かれるのは、地震に遭遇した様々な人々のドラマで…

つか こうへい「スター誕生」

つか こうへいといえば、やはりぼくは映画が真っ先に思い浮かぶのである。先にもちょっと書いたが、 1985年に製作された「二代目はクリスチャン」は映画館で観たのだが、これがかなりおもしろかった のでいまだに記憶に残っている。ちなみにこの時同時上…

原田宗典「あるべき場所」

原田宗典の作品はユーモラスなのがあるかと思えば、非常に鋭く怖い作品もあるから侮れない。 本書には五編の短編が収録されている。それでいて総ページ数が190ページほどなのだから、各編とて も短い。収録作は以下のとおり。 「空室なし」 「北へ帰る」 …

金城一紀「映画篇」

これタイトルからは内容がわからないので、ほんと読んでみるまで雲をつかむような感じだったのだが、 二話目の「ドラゴン怒りの鉄拳」に突入したあたりから仕組みが見えてきて、興が乗りだした。 扉絵に手書き風のヘップバーンが描かれている『ローマの休日…

吉田修一「長崎乱楽坂」

この人は「悪人」で大いに化けた人だ。最近出た「さよなら渓谷」もまたリーダビリティに優れた本のよ うで、すごくソソられる。そんな著者の幼き日が反映されていると思わしき本書もまたリーダビリティに 優れた本で、一旦読み出したらグイグイ引っぱられて…