久しぶりの賢太くんなのである。収録作は以下のとおり。
『人もいない春』
『二十三夜』
『悪夢―――或いは「閉鎖されたレストランの話」』
『乞食の糧途』
『赤い脳漿』
『昼寝る』
六編収録されているにもかかわらず、二百ページ足らずという短さ。かてて加えていつものごとく各短編すこぶるおもしろく、あっという間に読み終えてしまう。
驚いたのは、西村作品の一貫した主人公である北町貫多が登場しない作品があったこと。いままで本書を含めて五冊の西村本を読んできたが、こんなことは初めてだ。だって、あなた、描かれているのは人間じゃないのだよ。まさかこんな作品を賢太くんが書いていたとはねえ。まさに賢太版「残酷な童話」だ。
その他の作品はいつものごとくダメダメな貫多の自堕落で他力本願で自分勝手で破滅的な限りなく情けない日々が描かれる。本来なら、それは人間として決して肯定できない唾棄すべきものなのだが、これが西村賢太の筆にかかると、極上のエンターテイメントになるから素晴らしい。
いわゆる『秋絵もの』といわれる貫多と同居する女性との物語群に分類される話も三編収録されておりこれもいつもどおりの展開をみせるのだが、それがもうお約束になっているので読んでいる身としては、貫多の噴火はいつ起こるかとそれを心待ちにまでしているのである。それはいってみればカタルシスであって、そんなことで溜飲を下げていてはいけないのだが、これだけはどうしようもない。ぼくは間違いなくその最低な展開を心から待ち望んでいるのだ。
西村作品を読む楽しみはそこにある。およそ一般の常識からかけ離れた無法な論理、突き抜けたマイナス要素、ありえない怒りのボルテージ。とんでもない思考の飛躍から導火線に火がつくさまがゾクゾクするほどにおもしろい。
やっぱり西村賢太はやめられねえ。