上巻を読んでる間はなんて下世話な話なんだとちょっとゲンナリしていた。それほど新味のある展開でもないし、出てくる人達みんな落伍者みたいな感じで、なんとも気の重たい話じゃないかと少々うんざりしていたのだ。匂い自体は大岡昇平の「事件」や清張の諸作品と同等で、犯罪を中心に翻弄されていく人々の暗い情念を描いているから、そこに救いはない。誰もがある一点を境に日常を壊され、転落し行き場のない激しい思いを胸に秘め身をすり減らしていく。
事件に関わる人たちの生い立ちが語られ、それぞれのバックボーンが確立されていくから物語を追いかける読者も視点が定まって没頭していくことになる。適度な間隔で入れ替わる登場人物によってスピーディに物語が進められていくから自然ページを繰る手もはやくなる。
下巻に入ったくらいに、いままで感じていた下世話感が薄れ、それぞれの登場人物たちの行動心理の方に意識が移ってくる。誰が何を考え、何を感じ、何をしようとしたのか?ここで、皆が皆ある意味劇的な衝動を乗りこえていく試練が描かれるのだが、これは悪いドラマツルギーだった。それぞれがなんだか不発に終わってしまったような感じをうけたのだが、これはぼくだけなのだろうか?
もちろん物語の中心にいるのは犯罪を犯した清水祐一だ。だが、彼は『悪人』ではない。母親の愛情を得られずに育った彼は不器用で閉ざされた人間になってしまった。表現の下手な祐一は精一杯の愛情を十分の一も相手に伝えることができない。人の気持ちを汲み取ることの出来ない人間にとって、祐一は無様な人間以外の何者でもなかった。無様で無骨で不器用で、幾分容姿がマシなだけの面白味のない男。彼が必死で守ろうとしたものは何だったのか?そして誰が『悪人』なのか?
読み手の数だけ解釈がある。ぼくは本書をそれほど好きではない。先に読んだ「長崎乱楽坂」のほうが好きだった。でも、この作者の本はこれからも読んでいきたいと思う。
それにしても、九州地方の方言ってなんてせつないんだろうねえ。