読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

松村栄子「雨にもまけず粗茶一服」

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 やはり読書をしていてよかったなぁと感じるのは、知らない世界を知ったときである。手っ取り早いといっちゃあ語弊があるが、未知の分野の道理を体験するという上で読書ほど簡潔に簡易に理解できる手段はないなあと思ってしまうのである。

 で、本書でどういう世界に触れることができたかというと、タイトルからも推察できるように『茶道』なのである。こういう家元があるような流派のある技芸の世界というのは、ぼくの立ち位置からみて極北であっておそらく一生関わることはないだろうと思う。しかし本書を読むことによってその一端に触れ、尚且つ少しいいなぁなどと感じてしまった次第なのである。

 あんな抹茶を泡立てた苦い茶を飲んでなにが良いんだろうとつねづね思っていたのだが、この茶道というものの仕組みや心はとても奥深いものだったのだ。茶室という空間を軸や花や茶道具の組み合わせによって演出し、季節や風景までもを一緒に愉しむ。ある意味語呂合わせ的な諧謔味や、古典世界の風雅を取り込み心を浄化する。なんと、日本的で優雅な世界なんだろう。戦国武将たちがこぞって茶の道を愛したのも、その心が武士道と通じるものがあるからなのだ。

 とまあ、茶道のことはこれくらいにして本書なのである。本書はその茶道の家元の長男が家を継ぐのに反抗して出奔してしまうところから幕をあける。友衛遊馬、18歳。何をやりたいかも定まらず、ただ若さゆえの無知から家を出て、あろうことか茶道の本場である京都に向かうことになる。

 いってみれば、本書はよくできたドラマであり、個性豊かな登場人物が数多く出演し、笑いあり少しシリアスありで緩急ついて大団円にたどりつくという安定したエンターテイメントに仕上がっている。それが御都合主義的な展開にならず、前半で張られた伏線が後になって効果的に現れたり、サブ・ストーリーに溜飲の下がるおもいをしたりと非常にすぐれた演出がほどこされている。しかし問題もあって、まずこの主人公遊馬の性格が鼻についてしまう。茶道の家元の長男という、ぼんぼん育ちが嫌なほうに作用しているのだ。これは後半には改善されていくのだが、どうも身勝手すぎて好きになれなかった。あとラストの結び部分も少しインパクトに欠けると思う。

 だが、本書は茶道を舞台にした異色の青春物として記憶に残る作品と成り得ている。上下巻だが、非常に読みやすく、すぐ読めてしまう。もし興味をもたれた方がおられれば、ご一読をオススメする次第である。