「ぼっけえ、きょうてえ」以来だからもう十年くらいになるのか。久しぶりに岩井志麻子の本を読んだ。
しかし、まあなんとも爛れた世界だ。全編にわたって饐えた男女の体液の匂いが漂ってる感じで、とても
息苦しい。テイストとしては皆川博子の幻想物に近いあじわいもあるのだが、こちらのほうが更に生々し
くて不道徳だ。
話は町外れの小さな借家に住む盲目の青年のモノローグではじまる。時代は大正から昭和に変わったばか
りの頃、彼は旅館の仲居をしている美しい姉とふたりで暮らしているのだが、盲目ゆえ夢と現実の狭間を
行き来しており、彼の語る世界は最初から幻想世界となっている。そんな彼の楽しみは、姉が旅館から持
ち帰る女性作家の書き損じ原稿を読むことだった。毎日、姉に原稿を読んでもらいながらおのれの先端を
濡らす弟。淫靡な姉弟の爛れた日常と、作中作となる女性作家の描く小説世界が交錯していくのだが、驚
くことに本書のラストでは、この幻想世界が一応の終息をみるのである。夢幻の世界とも思えた弟のモノ
ローグが全部意味あることとして解明されるのだ。これは、なかなかおもしろかった。
自堕落な男と女が罪を重ねながら、堕ちてゆく話を描いた作中作も結構読ませる。久しぶりに読んだ岩井
志麻子だったが、そこそこおもしろかった。たまにこういうのを読むのも目先が変わっていいものだ。
いってみれば官能小説みたいなものなのだが、そこにはテクニックが感じられる。薄っぺらい本なので、
すぐに読めてしまうところも手軽でいい。「ぼっけえ。きょうてえ」を読んだときは、それほど感心はし
なかったのだが、本書のような路線ならまた読んでみてもいいかもしれない。「黒焦げ美人」とか「魔羅
節」とか「合意情死」なんかがおもしろそうだと思うのだが、読んだ人いるだろうか。