本書で池井戸氏が描くのは公共工事に関わる談合疑惑なのだが、やはりいつものごとく緩急つけた物語展開は読む者をとらえてはなさない吸引力にあふれている。この一見地味で華のない世界を舞台に、よくこれだけためになっておもしろい話が書けるものだと相変わらず感心してしまうのである。
専門的な分野を誰にでもわかるように描こうとすれば、どうしても説明がふえてしまい結果それが物語のリズムを崩してしまう。それを本書では主人公を新人社員に設定することで難なく解消し、尚且つ旧弊な慣習に立ち向う熱血小説としてのおもしろさも際立たせることに成功しているのである。
本書で描かれているように大手ゼネコンだけではなく、建設業界には談合といういわば『暗黙の了解』的な取り決めが横行しているのだが、これを一概に弾劾するのも正直どうかなと思う部分もある。永らくこの業界に身をおいてきたぼくとしても、これはあまりにも波及する範囲が広すぎておいそれと解決できる問題ではないと思うのである。この辺の事情は本書を読んだ方なら充分納得できるのではないだろうか。
必要悪としての『談合』の在り方や、そのシステムを憎みながらもどうしても流されてしまう無力感。会社組織に身をおくことによって正義を貫くことのできない悔しさや既成概念にとらわれることの危険性。
そこから浮かび上がってくるのは、建設業界だけでなく社会全体が抱える大きなストレスだ。だから、本書は万人に受け入れられる素地をもっているといえるのである。
また業界内部の暗躍のみならず、主人公である富島平太の恋愛やプライベートの問題、更に談合に絡めた代議士の政治資金疑惑を追う東京地検などを配することによって、あらゆる視点が介入し物語を盛り上げる。しかし難をいえば、少し駆け足のきらいがあるのでそれぞれの見せ場においてカタルシスが充分得られない。だが、概ね満足のいく仕上がりだった。ほんとこの人って芸達者だなあ。