昨年本書が刊行されたときに読みたいなぁと強く思ったにも関わらず、本屋においてなかったという理由
で今まで読まずにきた本である。豊島ミホの本は本書が初めてだったのだが、なかなかよかった。
本書で描かれるのは、地震に遭遇した様々な人々のドラマである。地震を回避できた人、地震に巻き込ま
れて負傷した人、最愛の人を亡くした人、地震で家族を見捨てた人。いろんなパターンのドラマが描かれ
人々の深い痛手や、悲しみや、希望や、憎しみや、祈りが全編を覆っている。
本書は14の短編によって構成されている。それぞれ独立した話なのだが、中にはリンクしている話もあ
る。1話づつは非常に短く、すぐ読めてしまう分量だ。
読了してすごい感動があったとか、心から共感したとか、地震の怖さを思い知ったとか、そういう感想は
抱かない。どちらかといえば作者の筆勢は淡々としていて、こちらの感情を揺さぶる勢いはない。中には
自分の娘がすぐ側で押しつぶされて息絶えているのに、悲しみもしない母親が登場したりするくらいなの
だ。人間の負の面を切り取った作品も少なくない。地震の混乱に乗じて、ビルの放火を教唆するヤクザと
子分の話があったり、アンファンテリブル的な少女を描いた話があったり、気持ちの離れた妻と子を見捨
てる男の話があったりする。だがこうして書き出してみると、非常に嫌な気持ちになるこれらの話でさえ
嫌悪なく受け入れてしまう心の機微が描かれているから、心にすとんと落ち着くのである。
他にも、非常事態で学校の体育館に避難してきた小学生たちの興奮と悲しみを描いた「ぼくらの遊び場」
や、それと対をなす死にゆく少女を描いた「だっこ」や、地震で彼氏を亡くした女性の悲しみと再生を描
く「いのりのはじまり」なんて作品もあったりして、この作者なかなかやるなぁと感心もした。
というように、地震を中心に同心円を描く本書は、未曾有の災害によって翻弄される人々を切り取って描
いており、様々なパターンで描かれる人間ドラマは短いがゆえにクイクイ読ませる。それでいて軽いのか
といわれればそんなことはなく、結構読み応えはあるのである。
先にも書いたが、大きな感動はないが読んでよかったと思える本だ。この作者も注目していこう。