読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

劇団ひとり「陰日向に咲く」

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 タレントの本が続きます。もう三年も前に刊行されて評価も定まった本書を今更読むに至ったのは、べるさんの影響である。読了して思った。確かに本書は素晴らしい。連作形式の小説はいままで数多く読んできたし、一応その仕掛けに対する免疫もあると思っていたのにすっかりヤラれてしまった。

 こういうタイプの小説は、いってみれば作者の匙加減でどうにでも収拾つけられる。強引に幕を引くこともできるし、ばら撒いた伏線を無視して話を終わらせることもできる。事実そういう作品も少なくない。

 風呂敷を広げるだけ広げて、収拾つかない作品のなんと多いことか。

 本書の素晴らしいところはそこなのだ。本書には五つの短篇が収録されているのだが、それぞれ独立した作品ながら、みな少しづつリンクしている。一つ目の作品に登場した人物が次の作品にも登場する。そうやってそれぞれが呼応しながらラストに向かって集約されていき、最後には大きな環が閉じる構造になっている。それが無理なく、いささかのサプライズをもって大団円を迎えるから素晴らしいのだ。

 各短篇においても安定した書きっぷりで、それぞれが強く印象に残る出来栄えだった。これはべるさんも書かれていたが、ぼくも「Over run」のラストのおばあちゃんと青年のくだりでは目頭が熱くなってしまった。さらに驚くのは、そのおばあちゃんが実はアノ人だとわかったとき。これはラストの作品「鳴き砂を歩く犬」を読んでいて長嶋茂雄の名が出てきたときに気づくべきだったのだが、ぼくにわかったのは最初に登場したアノ人が実は・・・という部分だけだった。う~ん、これだけすべてのパズルがピタッとはまってしまうと、逆に御都合主義だとか、強引に幕を引いちゃったなと感じてしまうのだけど、本書に限ってそういう印象はもたなかった。とても清々しく、気持ちのいいラストを迎えられたのである。本当に、本書は良かった。なかなか愛しい本だと思う。未読の方は是非読んでみていただきたい。