読書の愉楽

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小池昌代「ことば汁」

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 前回の感想でこの人の作品が好きかどうかわからないと書いたが、本書を読んで大ファンになったことをここに告白しよう。本書には6編の短編が収録されている。タイトルは以下のとおり。

「女房」
 
「つの」

「すずめ」

「花火」

「野うさぎ」

「りぼん」

 巻頭の「女房」以外はすべて婚期をのがして中年になってしまった女性たちが主人公になっている。だが、そこに展開される物語は悔恨や憔悴や痛みだけにとらわれない、ある意味幻想的な世界を描いており、おもわず引き込まれてしまう。例えば、「つの」は老齢の有名な詩人の秘書をしている女性が主人公なのだが、恋多き浮世離れした飄々たる老詩人に仕えて結婚もせず、かといって詩人と深い関係になるわけでもない微妙な距離感がエピソードにのって浮き彫りにされ、尚且つ後半にはそれが思わぬ形で表出する演出が秀逸である。また続く「すずめ」ではカーテンを扱う店を経営する女性が体験する現実離れした出来事が描かれてぐいぐい読ませる。ここに登場する「舌きり雀」の話は作者の創作なのだろうか?それとも別バージョンとして残っているものなのだろうか?なんとも興味尽きない。「花火」は一旦は結婚していたが、離婚して両親の家に帰ってきている女性が描かれる。淡々とした筆勢でよくある期待と消沈の物語が進められていくのだが、途中にはさまれるエピソードがなんとも怖い話だった。「野うさぎ」は物語を書けなくなってしまった作家が主人公。だが、彼女が体験する出来事は破滅と再生の間を目まぐるしく行き来してなんとも息苦しい。刹那的な生き方に共感と恐れを抱いてしまう。「りぼん」は友人を事故で亡くしてしまった女性が、遺品として大量のりぼんを引き取るところから紡がれる物語。不穏な雰囲気が漂う中、これも幻想味が顔をのぞかせ、ぱちんと閉じてしまう。後先になったが巻頭の「女房」だけは若いカップルが描かれる。ザリガニのわしゃわしゃ動いてる様がなんとも印象的な一編。タイトルの意味がラスト近くまでわからなかった。おもしろい。

 というわけで、内容紹介だけでは本書の魅力の一端も紹介できてないことに気づいた。タイトルの「ことば汁」から連想できるように、本書の凄みは詩人でもある著者のことばマニア的なこだわりの上に成り立っている。「ことば汁」というタイトルはそんな著者からの挑戦でもあるのだ。なんとも不敵でたのもしい限りではないか。