ほんとうに久しぶりの中島らもだ。「こどもの一生」以来だ。本書は短編集であり、12編収録されている。タイトルは以下のとおり。
「山紫館の怪」
「君はフィクション」
「コルトナの幽霊」
「DECO-CHIN」
「水妖はん」
「43号線の亡霊」
「結婚しようよ」
「ポケットの中のコイン」
「ORANGE'S FACE」
「ねたのよい ―山口冨士夫さまへ―」
「狂言「地籍神」」
「バッド・チューニング」
それぞれまるで片手間に書かれたような非常に軽い感触の作品ばかりなのだが、それが軽いだけでおわらないところがこの人のスゴイところ。
結局、中島らもという人は稀代の思想家なのではないかと思ってしまうのである。飄々として、茫洋として、一見つかみどころのない人のようでもあり、実際アルコールやドラッグに溺れるような精神的にかなり線の細いところもあったのだが、根底の部分ではその生き方とは真逆のアグレッシブな炎が燃え盛っていたのではないかと思ったりするのである。
本書の中の「結婚しようよ」は1971年の第三回中津川フォーク・ジャンボリーの様子を描いた作品でなにより驚いたのはここであの「はっぴいえんど」が演奏していたということ。そういった奇跡的な事実を軽々と描きながら、表面上は何事もなく進行していきながら、なぜか読了したあとに確実にぼくの心の中には小さな火が灯っていた。
あえて言及しないが、他の作品もすべてそんな感じなのだ。何が伝わるというわけでもないのだが、何かが確実に居座っている。それは中島らもの思想であり、なりふりかまわない生き様なのだと思う。彼の最後の短編集だからというわけじゃないのだが、ぼくは、この半分おふざけのような本を非常に真摯に受けとめた。軽いけど、重いよこの本は。