読書の愉楽

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山本昌代「善知鳥」

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 これはまた非常に好みの合う短編集だった。ちょっと皆川テイストの入ってるところも重要なポイントでまだまだこういう人もいるんだなとうれしくなってしまった。

 本書の収録作は以下のとおり。

 「逆髪」

 「人彘(じんてい)」

 「おばけ伊勢屋」

 「善知鳥(うとう)」

 「葛城」

 「三春屋

 「朝顔


 特に言及しておきたいのは、最初の二編。「逆髪」は、あの百人一首で有名な謎の人物蝉丸が主人公。

 皇子として生まれながら、盲目ゆえ疎まれ山奥に捨てられた蝉丸のもとへ姉で狂女の逆髪がやってくる。

 これは能の演目である「蝉丸」の第四幕をなぞった話なのだが、能ではお互いが慰めあう悲しい物語になっているところを、この作者は狂女をストレートに描くことによって、鬼気迫る話に仕上げている。自分が辛い目に合うのはお前のせいだと蝉丸を詰る逆髪。しかし、次の日になるとまたやさしくなって竹筒に水を汲んで持ってきたりする。和やかに会話がはじまるのだが、やがて本性が現れてまた詰る。蝉丸はそれを受け入れ、理不尽な姉に対して全面的に降伏する。ラストは予想通りなのにも関わらず、かなり手痛い印象を与えてくれる。少し谷崎っぽい雰囲気もあわせもった傑作である。

 次の「人彘」は則天武后西太后と並んで中国三大悪女として知られる呂太后の人豚事件を描いている。

 両手、両足を切り落とし目を抉って潰し、薬によって耳と口を焼き、便所の中に放り込み、人豚(人彘)として飼うという凄惨な仕打ちをしたこの悪女と当の本人である戚姫との関係を逆転の発想で描いたこれまた傑作短編だ。中国特有の残酷な刑罰の一種として認識していたこの事件に、こういう側面があったかもしれないと気づかせてもらえたことに感謝。この発想はちょっと真似できない。素晴らしい。

 表題作の「善知鳥」も能の演目をモチーフに描かれているそうなのだが、これは本書の中で一番皆川寄りの一編。幻想味が加味されたなんとも形容しがたい作品であり、イメージに翻弄されてあれよあれよと読まされてしまう。登場する弟の不気味さに惑わされていると、姉もそれを上回る存在だったので驚いた。

 他の四編はすべて時代物。これもすべて非常におもしろかった。この人の描く世界は、血の匂いがぷんぷんして、なんともいかがわしい。思わぬ発見に少し興奮だ。まだまだ全貌は明らかでないが、もっとこんな作品があるなら、読んでみたい。う~ん、なんとも魅力的な作家だ。