読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

2010-01-01から1年間の記事一覧

ピーター・スターク「ラスト・ブレス  ―死ぬための技術―」

副題に「死ぬための技術」とあるが、なんのことはないここで描かれるのは死と隣り合わせになった極限状態の人間たちなのだ。本書ではそれを一話づつドラマ仕立てで簡潔に描いてみせる。 本書に出てくる様々な死の演出は以下のとおり。 第一章「低体温症」 第…

「首長姫」

首長姫はしずしずと音もなく歩いた。朝ぼらけの研ぎ澄まされた空気が頬をピンと張りつめさせる。 庭のイタドリについた朝露の雫がきらきらと光っていたが、そこに巣をはった女郎蜘蛛が禍々しい気を周囲に発散しており、上向きだった気分がそれを見た瞬間一気…

山本一力・児玉清・縄田一男「人生を変えた時代小説傑作選」

さすが小説の読み巧者の三人が選んだだけのことはある。一編を読むごとに強くそう思った。本書には各人二編づつ、それぞれの人生の転機や浮沈の中で強く印象に残った時代短編小説が選出されている。収録作は以下のとおり。菊池寛「入れ札」(山本一力・選)…

マイケル・シェイボン「シャーロック・ホームズ最後の解決」

ホームズ譚はぼくにとってホームグラウンドのようなものなのである。聖典をすべて読んだのは、もう二十年以上前。なのにいまだにホームズはぼくの中で生彩を放って存在している。数々の冒険が懐かしく思い出される。そして、いまではおしもおされぬ大作家と…

万城目学「かのこちゃんとマドレーヌ夫人」

かのこちゃんというのは好奇心旺盛な小学一年の女の子。マドレーヌ夫人とは、そのかのこちゃんの家にある日突然居ついてしまった猫のこと。本書は、この一人と一匹のお話をつかずはなれずという微妙な距離で描いている。マドレーヌ夫人はジプシー猫で、いろ…

黒と白のシーソー

黒いビュー・マスターは大きくステップを踏んでジェロニモの側らに降り立つと少しよろけて微笑んだ。 ぼくは青白い顔で怯えていた。どうして自分の顔色がわかるのかというと、第三者の目でその場を俯瞰しているからだ。これぞ夢の不思議、ザッツ・エンターテ…

服部文祥「狩猟サバイバル」

著者の服部氏はぼくより年下なのである。そんな彼がちょっと普通では考えられないことをしている。 それがこの本のタイトルにもなっている狩猟サイバイバル登山なのだ。 米や調味料などの必要最小限の物だけを携帯し単独で冬の険しい山に分け入り、自分で食…

古本購入記  2010年2月

2月はなんだかストレスの溜まる月だったみたいで49作品52冊も古本を購入してしまった。自分を抑 えられなかった。まだまだ煩悩にとらわれ続けている不惑でございます。というわけで無駄口叩かず購入 本書いていきましょうか。 「復讐するは我にあり(上…

ぼくの本の接し方

ゆきあやさんのとても楽しい記事『ゆきあやと語ろう!3 ~積んどく?読んどく?~』では、みなさんそれぞれの本に対する気持ちが真摯に語られていて、ほんと楽しくコメント欄を拝見させていただきました。で、その時にぼくなりの意見も述べたのですが、ゆき…

図子慧「ラザロ・ラザロ」

とにかく、この人が気になって仕方なかったのだ。特にこの「ラザロ・ラザロ」はタイトルといい、丁度よさげな本の分厚さといい、ぼくの好奇心を最大限にくすぐってくれたのだ。 ラザロとは、みなさんもご存知のとおりヨハネの福音書で描かれる死から蘇った男…

ロンドンの『あの人』

夜の団地を見上げると、すべての階のベランダから白い顔が覗いていたなんていう総毛立つような夢をみたあと場面が変わって黄昏のロンドンにぼくはいた。そこは、ぼくが想像するロンドンであって、実際のロンドンではない。だからそこにはビックベンもパディ…

リチャード・ライト「ブラック・ボーイ  ある幼少期の記録」

祝福されこの世に生を受け、希望ある未来を約束されているはずの人生が、生まれたときから地獄の日々だったとしたら、いったいどうするだろう?この世に生まれたことを悔やむような人生を生きねばならないとしたら、あなたはいったいどうするだろうか? ぼく…

デーナ・ブルッキンズ「ウルフ谷の兄弟」

図書館に行ったときに、たまたま新刊コーナーにおいてあったので借りて読んでみた。新刊といっても、本書は1984年に一度刊行されているようで今回評論社から『海外ミステリーBOX』という新レーベルの一冊として復刊されたという経緯らしい。本書は1…

小島達矢「ベンハムの独楽」

まずね、このタイトルが秀逸なのね。ベンハムの独楽って、いったいどゆこと?と思ってしまうのだ。この名前は知らなくても、この独楽のことは知ってる人は多いんじゃないかな?白と黒しか使っていない模様を描いた独楽を回すと、そこに色が見えるというのだ…

牝鹿の死

眠りから覚めると、ぼくは死にかけている牝鹿に寄り添っていた。お互い下半身を湖に浸けた状態で横た わっており、静かな木漏れ陽がぼくたちに降りそそいでいた。ぼくは少し身を起こし、あらためて鹿の大 きな身体を見渡した。強い毛が手のひらにざらつき、…

古本購入記  2010年1月

新年一月に購入した古本は33作品35冊。まあ、買いも買ったりだ。われながら驚いてしまう。それだ け欲しい本との出会いがあったということなのだが、それにしても多いな。いろいろなジャンルにまたが っているのもいつもの通りだが、これがダメなんだろ…

スティーヴン・キング「夜がはじまるとき」

キング最新短編集「夕暮れをすぎて」の二分冊後編である。本書には六編収録されている。タイトルは以下のとおり。「N」「魔性の猫」「ニューヨーク・タイムズを特別割引価格で」「聾唖者」「アヤーナ」「どんづまりの窮地」 今回も前回にもまして楽しめた。…

竹本健治「ウロボロスの偽書」

これは読んでブッ飛んだ。なんなんじゃ、これは!ってな感じである。基本的に本書は三つのパートに分かれている。ひとつはあまりにも残虐な犯行を重ねる殺人鬼のパート。もうひとつは竹本氏やその周辺の作家連中が実名で出てくるパート、そして最後が短編ミ…

そこにいるもの。

午後十時に叔母が倒れたとの連絡が入り、急遽病院に向かう。家にはなぜか誰もいないので、ぼく一人で出かけることにする。外はそぼ降る雨。駐車場がすぐ近くにあるので、傘をもたずにマンションを出た。 夜の底が赤くなり、霧のような冷たい雨が顔にかかる。…

田村優之「夏の光」

これはまた変わったテイストの本だった。なにしろ『青春の影』と『経済』が同時に描かれるのである。 主人公は証券会社の債券部門のチーフアナリスト。毎日を分刻みで過ごし、テレビのコメンテーターとしても活躍する働き盛りの四十代。顧客にむけて金利や経…

椎名誠「銀天公社の偽月」

ほんとに久しぶりにシーナSFを読んだのだが、これが相変わらずの世界観でうれしくなってしまった。 シーナSFの特徴は、見事なまでに完成されたキワドイ漢字の造語に溢れているところで「呵々兎(かかうさぎ)」「胴樽蜥蜴(どうたるとかげ)」「腐爛柘榴…

「夢のこと」に書いている記事について一言

ブログ開設当初から途切れることなくコンスタントに書いている記事に「夢のこと」というのがある。 ここではぼくがみた夢を紹介しているのだが、最近は夢にインスパイアされた別物になりつつある。 夢というものは毎日みてるもので、それを目が覚めたときに…

黒塚

その朽ち果てた小屋は、峠を越えた街道筋に岩に張りつく蟹のような恰好で建っていた。昼日中の陽光にてらされてさえ陰の中に沈みこんだような印象をあたえるその小屋には梅干の種のような婆が一人住んでいた。ガリガリに痩せてあばら骨が浮き出ている貧弱な…

ジョー・R・ランズデール「サンセット・ヒート」

ランズデールの素晴らしさを得々と説いていたにも関わらず、彼の長編を一作も読んでなかったのだが、今回ようやく読んでみた。とりあえずなぜかわからないが2004年に刊行されているのにまだ文庫になっていなかったので本書を読んでみた。 舞台は1930…

山田風太郎「室町お伽草紙」

これが伝奇物なのかというと、ちょっと頭をかしげてしまうのだが、時代物に区分けするのもなんだかしっくりこないし、一応この書庫に分類したいと思う。 だって、この話まったくありえない話なのだ。なんてったって今ブームになっている戦国武将のオールキャ…

霧の中

ようやく追いついたのだが、肩に手をかけたぼくを振り返ったのは見知らぬ女の人だった。てっきり妻だ と思っていたのに、いったいこれはどういうことだ?しかも、その女の人は顔の造作が常人離れしていて 目、鼻、口が顔の中央に寄せ集められていたので、目…

イーディス・ウォートン「幽霊」

正統派といったらいいのだろうか。とても精巧で思慮深く構成されたゴースト・ストーリーが楽しめる。 決してとっつきやすくはないのだが、気負わず淡々と読んでいくと禍々しい世界が拓けていくのに驚いてしまう。なんだ、この感覚は。ゾクゾクする。恐怖に直…

夜の底で

夜の底で子どもが叫ぶ ぼくはそれを寝床で遠く聞く あおおぉぉぉん あおおぉぉぉん なんて言ってるんだろう? よく聞こえないが、悲しんでいるみたいだ どこか痛いのかな? 何か悲しいのかな? 暗い中に月明かりで青白く浮かび上がる天井を見ながら ぼくはモ…

リジー・ハート「ミシシッピ・シークレット」

なんなんでしょう、これは。どう説明したらいいのかわからない人を食った話なのである。アメリカ南部ミシシッピの田舎町で繰り広げられるなんともオフビートな騒動。老獪で残忍なスパイが暗躍し、作家を志望する常人離れした六人の女性たちがそれを迎え撃つ…

明野照葉「澪つくし」

この人の本を読むのは初めてなのだが、雰囲気的には女性の怖い面を強調したサスペンスっぽい作品を書く人なのかなと思っていた。当たらずとも遠からずという感じだ。本書を読んだ限りでは、それほどの吸引力は感じなかったが、普通に興味を持続して読み終え…