読書の愉楽

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図子慧「ラザロ・ラザロ」

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 とにかく、この人が気になって仕方なかったのだ。特にこの「ラザロ・ラザロ」はタイトルといい、丁度よさげな本の分厚さといい、ぼくの好奇心を最大限にくすぐってくれたのだ。

 ラザロとは、みなさんもご存知のとおりヨハネ福音書で描かれる死から蘇った男である。この奇跡のくだりはとてもオカルティックだ。なんせ布でぐるぐる巻きにされたラザロがイエスの呼びかけにこたえて墓所から這い出てくるのである。いくら奇跡とはいえ、これは怖い。だからそんなラザロの名を冠する本書にはとても神秘的で恐ろしいイメージがあった。予備知識として本書がメディカル・サスペンスだということはわかっていたので、死者の蘇りが絡んだとてもおどろおどろしいものかと思っていたのだ。

 しかし、その予測はこころよく裏切られた。本書はそういったホラー寄りの安易なメディカル・サスペンスではなかったのである。

 本書の主人公は外資系の製薬会社に勤める開発部課長の廣田葉司。彼は会社の密命をおびて広島に赴く。

 それというのも一年前に火災で閉鎖された医療法人ルミネ研究所の所長だった倉石という男から、当時の研究結果を50億で買わないかという連絡が会社に入ったためなのである。このルミネ研究所は非合法の癌治療を金持ち相手に施し利益をあげており、実際末期癌の患者の七割が治癒したという驚くべき成果を残していた。さらに治療を受けた患者はみな若返りさえしていたらしいのだ。そんな奇跡ともいえる内容をもった研究データが手に入れば莫大な利益をのぞめると判断した会社は、この極秘で非合法な商談が成立するように廣田を事前調査に向わせたのである。だがそこにはあらゆる欲望が渦巻き、その旨味に群がる魑魅魍魎たちがてぐすね引いて待っていたのである。

 なにより本書を抜群の読み物にしているのは、作者の確かなディテールの描写だ。巧緻ともいえる精巧でブレのない細やかな配慮が隅々までなされており、それによって強調されるリアリティが読む者を圧倒する。そして、さらに魅力的なのが多彩な登場人物たち。ため息の出るような美形と描写される主人公の廣田をはじめ、彼の相棒を務める大食漢でワイルドな後輩宮城、口が悪くガサツだが、どこか憎めない廣田の上司である岩崎、そしてもう一人の主人公ともいうべき謎の人物『斑猫(はんみょう)』。様々な人物があらわれ、物語を盛り上げていく。人物の出し入れもうまく、それが興をつないでグイグイ読ませる。

 倉石という人物を追う過程はまるでハードボイルドの失踪人探しだし、なんとも巧みなミス・リードがあったりしてミステリとしてもよく練られた逸品となっているのもうれしい。ただ一つ難をいえば、少し耽美的な要素が介入してるところだろうか。そこだけはなんとも受け入れがたかったが、全体から見れば、それもわずかな難点だと思える。

 というわけで、本書を読んで図子慧に俄然注目したのも自然の摂理。ぼくはいまこの人の初期作品を探しまくっているのである。ああ、これでまた積読本が増えてゆくのだろうなぁ。