読書の愉楽

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マイケル・シェイボン「シャーロック・ホームズ最後の解決」

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 ホームズ譚はぼくにとってホームグラウンドのようなものなのである。正典をすべて読んだのは、もう二十年以上前。なのにいまだにホームズはぼくの中で生彩を放って存在している。数々の冒険が懐かしく思い出される。そして、いまではおしもおされぬ大作家となったマイケル・シェイボンもホームズ譚が小説の原体験で大ファンだというのである。

 シェイボンについては実は苦い思い出しかない。これも二十年ほど前、彼の処女作である「ピッツバーグの秘密の夏」を読みかけてゲイの話だとわかって挫折したのである。だからいままで彼の作品には拒絶反応が出ていた。「カヴァリエ&クレイの驚くべき冒険」も「悩める狼男たち」も昨年大いに話題になった「ユダヤ警官同盟」も少し気になりつつも無視してきた。だからおよそ二十年ぶりの再会なのだ。

 本作で描かれるホームズは現役を引退してサセックスで養蜂をしている八十九歳の老人である。かつての栄光の日々を思い出すこともなく、関節痛に悩まされながら一人でさびしく暮らしているこの老人の元に一人の風変わりな少年が訪れる場面から物語は幕を開ける。青白い顔で肩に大きなオウムをとまらせたその少年は不思議なことに一言も言葉を発することがなかった。

 この不思議な少年を巡って凶事が起こり、ホームズが事件解決に老体に鞭打って乗りだしていく。本書は非常に短い作品だ。百五十ページほどしかないのだ。だからすぐ読めてしまう。しかし、ホームズファンにとってここで描かれる彼の姿にはとても感慨深いものがあった。まず、過去の栄光と時代の趨勢が無理なく描かれているのが第一の要因。そしてその時代背景を生かしてさらに大きな歴史的事件を物語に組み込んでいるのが第二の要因。この二つが短い話の中に自然に溶け込んでいて、なんとも複雑な気持ちにさせられるのだ。

 ホームズ譚はやはり気持ちが落ち着く。馴染み深い場所に帰ってきたという気持ちになる。これでシェイボン離れも少し克服できた。うん、本書はぼくにとってなかなか実のある読書となったようだ。