祝福されこの世に生を受け、希望ある未来を約束されているはずの人生が、生まれたときから地獄の日々だったとしたら、いったいどうするだろう?この世に生まれたことを悔やむような人生を生きねばならないとしたら、あなたはいったいどうするだろうか?
ぼくは本書を読んでいる間、ずっとそのこと考えていた。
人種差別のもっとも激しい時代、アメリカ南部で一人の少年が過ごした過酷な日々。黒人というだけで人間扱いされないという悲劇は、屈託のない一人の少年を覆いつくし真っ暗な闇の奥に飲み込んでゆく。
貧困と飢えがはびこり、宗教という厚い壁が家族の間にたちはだかり、さらに少年を苦しめる。そう、ここで描かれるのは人種間の問題だけではないのだ。時代が招いた苦しみは正直で真っ当な人間を強く強く押しつぶそうとする。しかしそれに屈することなく傷つきながら、さらなる痛みを覚えながら少年は成長してゆく。頭を打たれて現実の厳しさを知り、人のやさしさに傷つきながら現実の孤立を味わう日々。信じるものは己のみ。そうして精神の深い部分であらゆる可能性を考慮しながら模索する毎日はどんなに緊張を強いられる日々だろうか。
アメリカ南部の文学としてはフォークナーやオコナーが有名だが、本書にはそのどちらにもない迫真性があった。一応小説の体裁はとっているが、あきらかに本書は作者リチャード・ライトの幼少から青年期を描いた自伝である。そしてそれは黒人青年の心の叫びだった。人種が違うというだけで迫害されるという恐怖をこれだけ克明に描いた作品をぼくは他に知らない。また、宗教に固執する矮小で保守的な生活の窮屈さ、貧困が招く悲惨な現状などが読むものの胸に大きなしこりを残す。
やがて青年は文学に可能性を見いだし一筋の光芒を目指して旅立ってゆく。そのあとに広がる地平はいったいどんなところだったのだろうか。彼の行く末を思い、ぼくは本を閉じた。しばしの余韻のあと、少し泣いた。