読書の愉楽

本の紹介を中心にいろいろ書いております。

山本一力・児玉清・縄田一男「人生を変えた時代小説傑作選」

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 さすが小説の読み巧者の三人が選んだだけのことはある。一編を読むごとに強くそう思った。本書には各人二編づつ、それぞれの人生の転機や浮沈の中で強く印象に残った時代短編小説が選出されている。

収録作は以下のとおり。

菊池寛「入れ札」(山本一力・選)

松本清張佐渡流人行」(山本一力・選)

五味康祐「桜を斬る」(児玉清・選)

藤沢周平「麦屋町昼下がり」(児玉清・選)

山田風太郎「笊ノ目万兵衛門外へ」(縄田一男・選)

池宮彰一郎「仕舞始」(縄田一男・選)

 こういう企画でもないと読めないなと思ったのが巻頭の「入れ札」。これは時代物なんてまったく知らないって人でもおそらく知ってると思われる『赤城の山も今宵かぎり~』のセリフで有名な国定忠治の逃走劇を描いている一編。逃走するにあたって何十人もいる子分を引き連れていくのはあまりにも無謀だし、かといって自分で人選するのも角が立っていけない。ということで、各人でお供するのは誰がいいか推薦の入れ札をして、その中の上位三名を連れていこうと忠治が言い出した。そこで描かれる一人の男の心理戦が本編の読みどころ。誰が誰を選ぶのか?また自分を推薦してくれる奴はいるのか?結末は予想がつくのだが、人生の悲哀を浮き彫りにしてすこぶる教訓めいてる一編である。

 次の「佐渡流人行」はいかにも清張らしい悪い奴が出てくる。ここでは男の嫉妬に焦点が当てられていてそれが引き起こす人生の暗転がなんとも皮肉めいた結末を招く。少しミステリ的な趣向もあっておもしろかった。

 

 五味作品は初めて読むのだが、これもインパクトが強かった。寛永御前試合に出る名もなき剣士が描かれるのだが、この短編のプロットには度肝を抜かれた。まさかこうくるかという展開であり結末だった。この作風がこの人の持ち味なら、なんともぼく好みなのだが、どうなんだろう?

 「麦屋町昼下がり」はチャンバラと西部劇の絶妙な融合が楽しめる逸品。まったくもって、うまい。淡々と描かれているのに、凄みが強調されているのはどうしてだろう?この短編をもっと解体して研究すればその秘密が少しでもわかるかもしれない。

「笊ノ目万兵衛門外へ」は幕末の一人の実直で有能な同心の地獄行を描いた短編。それにしても、ここで描かれる悲劇の酷いことといったら、どうだろう。暗澹としてどこまでも血腥い。そりゃ、こんな目にあったら人も変わってしまうってもんだ。まさに鬼気迫る一編。

 「仕舞始」はたった一人生き延びた四十七人目の志士 寺坂吉右衛門を描いた好編。やはりぼくも日本人なんだなという当たり前の感慨を噛みしめた。日本人だからこそ、この清冽で激烈な『忠臣蔵』というあまりにも凡庸な史劇にこれだけ感動してしまうのだ。

 というわけで、これが時代物だというような代表的な作品ばかりでないところが本書の旨味の一滴なのである。各人の思い入れの上に成り立ったアンソロジーだからこそのおもしろさというわけ。いやあ、おもしろかったなぁ。